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龍馬伝 第46話「土佐の大勝負」

 下関でお龍と別れた坂本龍馬は、慶応3年(1867年)9月24日、土佐・浦戸に入港した。2ヵ月前に「英艦イカルス号事件」の談判のため帰国した際は、藩内佐幕派をはばかり上陸することはなかった龍馬だったが、この度は上陸して浦戸沿岸の種崎の民家に潜んだ。ドラマでは、龍馬と後藤象二郎が直々に山内容堂に会い、大政奉還建白書を書くよう説得する内容だったが、通説では既に容堂は大政奉還を土佐藩の藩論とする意向を固めており、9月上旬には建白書を書いて後藤を上京させている。龍馬が土佐入りしたこの時期は既に後藤は京にいて、大政奉還の周旋活動をしていた。

 龍馬が容堂に会ったという事実はもちろんない。龍馬は帰国後すぐに藩参政・渡辺弥久馬、大目付・本山只一郎、同じく大目付・森権利次らと会合し、武力討幕に向け薩長の活動が活発化している緊迫した情勢を伝えた。龍馬の談ずるところを聞いた3人はことごとく感服して引き上げ、彼らの周旋によって事態を悟った土佐藩は、龍馬が持参したライフル銃1000挺を全て買い入れることに合意した。つまり、このとき龍馬が帰国した理由は、大政奉還を藩論として幕府に訴えながらも、それが受け容れっられないときには薩長の推し進める武力討幕に参戦せよ、と説得しにきたのだ。

 私は、しばしば龍馬が“平和主義の象徴”のように描かれることに不満を覚える。先日の拙稿でも述べたが<参照:坂本龍馬の「大政奉還論」と、中岡慎太郎の「武力倒幕論」(前編)(後編)>、龍馬は決して平和主義の非戦論者ではなかった。この一月ほど前に長府にいる三吉慎蔵に宛てた手紙の中で、「幕府との開戦のあかつきには、薩、長、土三藩の連合艦隊を編成し、強大な幕府海軍に対抗したい。」と述べており、また、土佐に向かう直前に木戸孝允(桂小五郎)に宛てた手紙でも、「後藤が用兵を躊躇するならば、むしろ後藤を見限って乾退助を動かす。」という旨を述べている。平成の現代の価値観で、「歴史の英雄・坂本龍馬は、常に平和的解決を望む素晴らしい人物だった」といった虚像を描き、視聴者に植え付けるのはいかがなものだろうか。

 思惑どおりに事が運んだ龍馬は、藩役人らのはからいもあって、家族の住む実家を訪ねた。文久2年(1862年)3月に脱藩して以来、約5年半ぶりの帰省だった。そのときの様子を、「維新土佐勤王史」では次のように伝えている。
 「今度こそは我家をも訪ふて、兄姉と一宵の歓を尽さやばと、そのまさに発せんとする前一夕、京侍の戸田雅楽を伴ひて、己が生長せる本丁兄権平の宅を叩きて、姉の乙女とも、絶えて久しき対面に及び、神祭に醸せし土佐の白酒に、うましうましと下打ち鳴らし、主客ともに談笑のうちに語り明かしぬ。」
 龍馬に同行して土佐を訪れていた同志・戸田雅楽を引き連れて、坂本家に帰ったらしい。家族がいかに龍馬の突然の帰省を歓迎していたかが手に取るように伝わってくる。このときの様子を伝える史料として、もうひとつ、龍馬に同行して土佐に入った海援隊士・岡内俊太郎が、佐々木高行に宛てた手紙の中では、
 「さて龍馬、高知へ旅人となりて滞留中、夜中密かに上町の自宅に参り、実兄権平、姉乙女、姪春猪たちと五年ぶりにて面会、旧を語り、戸田雅楽も参り、権平より鍔を貰ひ大いに喜び申候。」
 と記されている。兄・権平から刀の鍔を貰い受けたようで、大そう喜んでいた龍馬の様子を伝えている。黙って家出していった薄情な弟に対するこの歓迎ぶりはどうだろう。末っ子の龍馬が、いかに兄・姉から愛されていたかがうかがえる史料だ。このとき坂本家の人々は、これが龍馬と今生の別れになるとは知る由もなく・・・。

 「答えや!坂本。武士も大名ものうなってしもうた世の中に何が残る。何が残るがじゃ!」
 ドラマ中、大政奉還建白書を書くよう説得する龍馬に対して容堂が言った台詞。
 そして龍馬が答える。
 「日本人です。異国と堂々と渡り合える日本人が、残るがです。」

 この時期の龍馬は、まぎれもなく「日本人」だった。土佐藩士ではなく、「日本人」だったのだ。この時代に生きる人々のいう国は、「藩」だった。あの西郷隆盛ですら、最期まで「薩摩人」から脱却できなかった。木戸孝允もまた然り。そんな志士たちの中で、龍馬ただ独り「日本人」たり得たことが、後世に英雄視される所以だが、それはかなり危険な思想でもあった。平成の現代において、「世界平和のためなら日本一国など無くなってもいい」などと言ったら、これはよほど危険な考えだということがわかるだろう。龍馬のいう「大政奉還」「船中八策」とは、つまりはそういうことなのである。土佐も薩摩も長州も幕府もない、日本という国を作る・・・山内容堂や後藤象二郎が、それをどこまで理解していたかはわからないが、龍馬が「日本人」たり得たことが、彼の寿命を短くした所以だといっても、言いすぎではないだろう。


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by sakanoueno-kumo | 2010-11-19 01:46 | 龍馬伝 | Trackback(2) | Comments(6)  

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Commented by marquetry at 2010-11-19 14:23
龍馬は、ただの平和理想主義では無かった...んですね。...武力による(恩義や私利私欲、絶対服従の中で命を受けての戦いによる)無駄死にを悔やむことは有っても、誰かを守る為の戦いを無駄だとは思ってなかったと思う。確かに、戦わずして済むなら誰でもそうしたいと願うはず。でも、実際に相手有っての喧嘩...相手が龍馬めがけ、子供もすべて巻き添えに襲ってくるなら、武器が無いからってだまって戦わずにいるなんてことは出来ない。はったりでも脅しが効かないなら、戦うしかない。
それだけ、相手が見境無くなる程のことを、当時の常識をひっくり返す様な大それたことをした...と言うことですよね。...龍馬の目に、新しい日本はどんな風に思い描かれたんだろう。身分や宗教に関係なく、皆同じ日本人として...龍馬の奔走から、150年弱...まだまだ、日本人は権力や上下身分に右往左往していますね...。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-11-19 17:52
< marquetryさん。
暗に昨今の日本の情勢について言っておられるのですね。
おっしゃるように、戦わずに済むならそれにこしたことはないのですが、戦わねばならないときもある・・・というと、一部の方々から強烈なお叱りを受けることになります。
だから、大政奉還というウルトラCを成し遂げた龍馬を、無血革命を望んだ平和主義者として崇め、戦争とは愚かしいことといった定義に結びつけるわけです。
たしかに、龍馬は出来るだけ戦争を避けようとしました。
しかし、それは平和理想主義とかではなく、日本国内で内乱が長く続いた場合、その混乱に乗じて列強諸国は日本を食い物にし、挙句は植民地となってしまうことを危惧してのことでした。
今、この期に及んでまだ、くだらない政争を繰り返す現代の政治家とは器が違いますよね。

平和革命コースを選んだ龍馬でしたが、そのためには戦っても負けないだけの武力の裏付けと、いざというときには戦いも辞さないといった姿勢を示した上での平和革命コースでした。
ただの平和を望む理想論だけでは、事は成らないことを龍馬はちゃんと理解していたわけです。
今の日本も、そのことにそろそろ気付くべきかもしれません。
Commented by marquetry at 2010-11-19 21:22
普段、私は、ニュースレベルで政治を判断するのはいけないと思っている方なので、見聞きしても、ショックを受ける事は無いのですが、尖閣諸島問題につづいて北方領土までの出来事は、かなりショックでした。
第二次世界大戦が終わってから、ずっと、第三次世界大戦は始まっていたんですよね。経済戦争とか資源戦争とか呼び方はいろいろ出来そうですが、ジワジワとその機会をいつでも狙っている...それが顕著に感じられるのが、文化的敗北と言われる共産系...中国とロシア。触発され、欧米諸国が動かなければ良いのですが、このタイミングで、北朝鮮の核実験まで起きると、事は加速し、広がりそうな気がします。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-11-19 23:37
< marquetryさん。
先の大戦が終わったと思っているのは、日本だけなんじゃないですかね。
少なくとも、中国や北朝鮮にとっては、自分たちの手で日本を負かさなければ、終わりじゃないのでしょう。
ロシアに至っては、ソビエト共産主義が崩壊して、19世紀の帝国ロシアに戻ろうとしているのでしょうか・・・。

日本がいくら平和的解決を望んでも、日本を取り巻く環境がそれを許してはくれません。
前原さんがいくら正論を訴えても、そもそも外交の上で正論などは存在しないのです。
正論とは、同じ思想、同じ倫理、同じ宗教の上に立って初めて成り立つもので、日本の言う正論は、中国やロシアにとっては愚論でしかないわけです。
中国には中国の正論、ロシアにはロシアの正論があるわけで、もっといえば、喧嘩の強い方の言うことが正論になるわけです。

そのことが、よ~くわかった一連の出来事でした。
それでも、日本は喧嘩に強くなっちゃいけないんでしょうかね・・・。
Commented by marquetry at 2010-11-22 01:08
戦後の日本は、喧嘩に勝ってはいない...けど、負けてはいなかった...様に感じる...。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-11-22 02:45
< marquetryさん。
でも今は、殴り合いになったら絶対負けますよ・・・。
日本はアジアののび太だから・・・。
ドラえもんに助けてもらわないと、ジャイアンには勝てません・・・。

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