龍馬伝 第48話(最終回)「龍の魂」

 「龍馬、人がみんなぁ自分のように、新しい世の中を望んじゅう思うたら大間違いぜよ。口ではどう言うとったちいざ扉が開いたら、戸惑い、怖気づく者は山のようにおるがじゃき。」
 「龍馬、人の気持ちは、それほど割り切れるもんではないがぜよ。」

 弥太郎と慎太郎の言葉どおり、龍馬が選んだ革命の道は、必ずしも皆が望んだ道ではなかった。
 「世の人は 我を何とも言わば言え 我が成す事は 我のみぞ知る」
 龍馬が16歳のときに詠んだといわれるこの句のとおり、慶応3年のこの時期の彼の理解者は龍馬自身だけだったのかもしれない。

 大政奉還の偉業を成し遂げた坂本龍馬は、来たるべき新時代の政府の組織作りにとりかかった。三条家家士の戸田雅楽(尾崎三良)の協力を得て、「新官制議定書」と称する新政府組織案が出来たのは慶応3年(1867年)10月16日のことだった。その内容は、関白、内大臣、議奏、参議などの職制からなり、公卿、大名、諸藩士の名が適所に配置された見事な草案だった。ところが、新政府樹立の功労者が列挙されたその名簿の中に、肝心の龍馬自身の名がなかったという。それを見た西郷隆盛が龍馬の名がないことに気づき理由を尋ねたところ、「自分は役人にはなりたくないので新政府に入閣するつもりはない。」と答えたという。龍馬の魅力を語る上で、欠かせないエピソードである。龍馬の懐の大きさが感じられるエピソードだが、これひとつみてもまさに、「我が成す事は我のみぞ知る」の言葉どおりだった。

 そして11月、その仕上げともいえる「新政府網領八策」を作成する。その内容は同年6月に作成した「船中八策」と大きな違いはなかったが、この策をどのように実現させるかを記した結びの文が違っていた。
 「右、預メ二三明眼士ト議定シ、諸侯会盟ノ日ヲ待ツテ云々。○○○自ラ盟主ト為リ、此ヲ以テ朝廷ニ奉リ、始テ天下万民ニ公布云々。強抗非礼、公儀ニ違フ者ハ断然征伐ス。権門貴族モ貸借スル事ナシ。」
 ここで問題となるのが、「○○○」と伏せ字にされた盟主の名前だ。ドラマの龍馬は、ここに入るのは「皆」だと言っていたが、そんな民主的な発想がこの頃の龍馬にあったとはさすがに思えず、やはりここには、実名を表しては差し障りがある人物の名が入ると考えたほうが正しいだろう。となれば、やはり思い浮かぶのは、徳川慶喜だろう。龍馬は、上記の「新官制議定書」に見る関白の次の内大臣の職に、大政奉還を断行した慶喜こそふさわしいと考えていたといわれている。龍馬は、朝廷を中心に薩摩、長州、土佐などの雄藩に加え、徳川家も入れた新政府の樹立を考えていた。大政奉還の成立で肩すかしをくらった武力討幕派の薩長は、この「○○○」の伏せ字で、さらに龍馬への不信感を覚えたであろうことは容易に想像がつく。もはや龍馬は、誰からも理解されない人物になっていた。まさに、「我が成す事は我のみぞ知る」だった。

 慶応3年11月15日、その日は朝から雨だった。前日から龍馬は風邪気味だったため、それまで潜んでいた近江屋のはなれの土蔵から、母屋の2階に移っていた。寒さが厳しいので、龍馬は真綿の胴着に舶来絹の綿入れをかさね、その上に黒羽二重の羽織をひっかけていたという。夕刻、中岡慎太郎が訪ねてきた。用件はわからない。このとき近江屋2階には、龍馬の下僕・藤吉と、書店菊屋の息子・峯吉がいた。やがて土佐藩下横目の岡本健三郎も訪れ、しばらく雑談を交わしていると、龍馬が峯吉に「腹がすいたから軍鶏を買ってこい」と命じた。峯吉が使いに出るとき、岡本も一緒に部屋をでた。峯吉が軍鶏を買い戻ってくるまでの時間がおよそ二、三十分。その間に事件は起きた。

 近江屋入口を叩く音に藤吉が応対に出ると、「拙者は十津川の者、坂本先生ご在宿ならば、御意を得たい。」と名刺を差し出す。十津川郷士には龍馬も慎太郎も知己が多いので、藤吉は別に怪しまず龍馬に名刺を渡し、部屋から戻ってきたところを尾行していた3人の男のうちのひとりが斬りつけた。その物音を聞いた龍馬は奥から「ほたえな!」と大喝した。藤吉が客人とふざけていると思ったのだろう。そして藤吉の持ってきた名刺を眺めていた龍馬と慎太郎のところへ、電光石火の如く飛び込んできた刺客2名は、あっという間もなく龍馬たちに斬りかかった。そのひとりが「こなくそ!」と叫んで慎太郎の後頭部を斬り、もうひとりは龍馬の前額部を横にはらった。龍馬は床の間に置いてあった刀を取ろうと身をひねったところを、右肩先から左背骨への二の太刀を受けた。続いての三の太刀は立ち上がりざま鞘で受け止めたが、鞘を割られ、刀身を削り、その勢いでまたも龍馬の前額はなぎはらわれた。脳漿が吹き出すほどの重傷をうけた龍馬は、そのまま倒れた。慎太郎も刀を屏風の後ろに置いてあったため、短刀を抜き応戦したものの、龍馬以上に数創の太刀を受け倒れた。刺客たちは止めの太刀を入れることなく、「もうよい、もうよい」との言葉を残して立ち去った。この刺客たちの、ほとんど間髪を入れないわざに、腕には覚えのあった龍馬も慎太郎も完全に立ち向かうすきがなかった。

 龍馬は間もなく正気を取り戻し、刀を抜いて行灯に照らしながら無念げに慎太郎に向かって「石川(慎太郎の変名)、手はきくか。」とたずねた。慎太郎が「手はきく」と答えるのを聞きながし、行灯をさげて隣の六畳間へにじり寄り、階段上から家人を呼び医者を求めたが、そのときは既に精根が尽きていた。 「俺は脳をやられた。もういかん。」とかすかに言って、うつぶしたまま龍馬は絶命した。その血は欄干から下の座敷までしたたり落ちていたという。

 坂本龍馬、享年33歳。奇しくもこの日、彼の33回目の誕生日であった。

 慎太郎は蘇生し、2日間生き延び、一時は焼き飯を食べるほどの元気を取り戻していたというが、その後容態は悪化、17日に死去した。中岡慎太郎、享年30歳。現在に伝わる襲撃時の様子は、蘇生した慎太郎が語ったものだといわれている。

 龍馬は大政奉還後ほとんど何も出来ぬままにこの世を去った。龍馬が明治の世まで生きていれば・・・後世の私たちは、幕末の英雄となった坂本龍馬についついそんなことを思う。しかし、同時代に生きる者たちにとっては、龍馬はむしろ疎ましい存在になっていた。繰り返し言うが、龍馬の最期は、誰からも理解されない境地に身を置いていた。彼の持つ、明るく、楽天的で、濶達な、愛すべき人物像とは裏腹に、土佐からも、薩摩からも、長州からも、幕府からも理解されることのない、孤立した存在となっていた龍馬。小説やドラマで颯爽としている龍馬からは想像もつかない、本当はどうしようもなく孤独な面をたえず持ち歩かねばならなかった、龍馬の晩年だったのではないかと私は思う。

 しかし、そんな孤独の中でも、きっと彼はこう言って笑っていたに違いない。
 「世の人は 我を何とも言わば言え 我が成す事は 我のみぞ知る」・・・と。



 「龍馬伝」全48話が終わりました。毎週読んでいただいた方、ときどきご訪問いただいた方、どなた様もこのような素人のとりとめのない稚文にお付き合いいただき、誠にありがとうございました。今週中に「龍馬伝」総括を起稿したいと思いますので、よろしければまた、そちらにもお越しいただければ嬉しく思います。


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by sakanoueno-kumo | 2010-11-29 03:40 | 龍馬伝 | Trackback(3) | Comments(8)  

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Tracked from ショコラの日記帳 at 2010-11-29 16:34
タイトル : 【龍馬伝】最終回(第48回)と視聴率「龍の...
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タイトル : 龍馬伝
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Commented by marquetry at 2010-11-29 11:21
龍馬が孤独だったのは、理想と現実が一緒だからでしょうね...。人は、理想は理想、現実は違うと、分けて考える。...だから、正しいや、良いと思うことでも、現実離れしていることは、受入れられない...ムリムリ〜が先に立つ。現在でも異端だと思われるでしょうし、当時なら、尚更でしょうね...。でも、世の成功者達は、理想と現実が繋がっている。
どこまで、想像出来ているのか?私のような凡人には解りませんが、その先が見えている人を、理解出来る人は少ない...理解出来ないけど、信じてみよう!と思えるかどうか?ですよね。
自分には想像出来ないことを信じるって、詐欺や宗教となんら変わらない...味方によっては、うさんくさいと思われても仕方が無いのかもしれません。...龍馬は、若くして亡くなりましたが、その志は、多くの人に、色んな種を蒔いた...と思います。だからこそ、現在まで、語り継がれて来たんですよね...きっと。
Commented by みや at 2010-11-29 13:08 x
龍馬伝を見た後には必ずこちらに寄らせていただいていました。毎回とても勉強になり、更新されるのを楽しみにしておりました。
読んでいる私などは楽しみに待つのみですが、書かれる方は大変だったと思います。お疲れさまでした、そしてありがとうございました。総括も楽しみにしております。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-11-29 14:51
< marquetryさん。
そうなんですよね。
凡人でも理想や夢を描くまでは出来ても、そこに至るまでの困難をすぐに計算してしまい、諦めてしまうんですよね。
世の成功者といわれる人たちは、その困難を乗り越える力を持っているのか、それとも困難を困難と思わない楽天的な性格なのか、どちらかはわかりませんが、結果的に信じて突き進むことが出来る人間だけが成功者たり得るんですね。
現代で言えば、事業の成功者や、一流スポーツ選手などにも当てはまるでしょうか。
今話の中で弥太郎が、「眩しすぎる日の光は無性に腹が立つ」といっていましたが、「眩しすぎる日の光」というのは成功した事柄そのものではなく、まっすぐ前を見て突き進むことができるその姿のことでしょう。
こうすればいいとわかっていても、失敗を恐れて行動に移せない者にとって、その姿は「眩しすぎる日の光」の何物でもなく、ときに嫉妬の対象となってしまうかもしれません。

私は、英雄とは孤独な人だと思っています。
孤独をも厭わない、といった方が正しいでしょうか。
信長然り、秀吉然り、ナポレオン然り。
その意味では、大政奉還の決断を迫られた慶喜もまた、孤独な英雄だったと思います。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-11-29 15:11
< みやさん。
お久しぶりです。
毎週覗いてくれていたんですね。
ありがとうございます。

たしかに文章が浮かばずに苦慮したときもありましたが、基本は好きでやってましたので苦ではありませんでした。
むしろ、忙しくてリアルタイムでドラマを観ることができなかったときに、なかなか起稿できないことに対してストレスを感じたりしました。
自分の得意分野を人に聞いてもらうというのは、誰でも楽しいものだと思います。
家で話しても、聞いてくれるのはせいぜい気が向いたときの息子ぐらいで、妻は聞いてくれませんから(笑)。
毎週私の自己満足にお付き合いいただき、ありがとうございます(笑)。
Commented by heitaroh at 2010-11-29 18:26
一つだけ教えてください。
見回り組は実際にはどの程度、戦闘経験があったんですか?
洛中での戦闘となれば、新撰組は有名ですが。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-11-29 19:14
< heitarohさん。
私も詳しくは知りませんが、旗本、御家人の子弟で構成された見廻組は、身分に安住した役にたたない隊員も多かったようで、新選組に比べると浪士たちから嘗められていたようです。
管轄も、二条城の警備など、主に官庁周りだったようですから、新選組ほどの戦闘経験はなかったんじゃないでしょうか。
それでも、主要メンバーは幕府直営の軍事教練所「講武所」の出身で、優れた武勇と幕府に対する絶対的な忠誠心を持っていたといいます。
佐々木只三郎は清河八郎の暗殺でも有名ですが、「小太刀日本一」と称され幕府講武所の剣術師範を勤めたといいますから、相当な腕利きだったんじゃないでしょうか。
今井信郎もかなりの手練だったといわれますが、詳しくは知りません。
あと、新選組との違いは、銃隊があったというところですかね。
Commented by at 2010-11-30 14:12 x
こんにちは。
11ヵ月間、毎週詳しい解説をありがとうございました。
おかげで毎回のエピソードへの理解を深める事が出来ました。
「新しい龍馬を見せる」といった謳い文句を掲げた製作サイドでしたが、全話見通してみると「龍馬像」(過去全てのドラマを観た訳ではありませんが)は大して変わらず、むしろ過去の作品より「ただ良い人」だった様に思えます。
新しかったのは「岩崎弥太郎」でした。
三菱はよく耐えましたね(これも全部のニュース・チェックしていませんが)。
さておき、本当にお疲れ様でした。
・・・と言いつつ「龍馬伝・総括」楽しみにしております。
Commented by sakanoueno-kumo at 2010-11-30 14:57
< 湛さん。
過分なお言葉ありがとうございます。
いつもコメントいただいて励みになりました。

「新しい龍馬像」というのは、難しいと思うんですよね。
前稿でも述べましたが、龍馬には見る側に強い一定のイメージがあって、それを変えようとすると大概失敗しちゃいます。
司馬さんの龍馬像がすべてだとは言いませんが、完成度高いですからねぇ・・・あちらは。
映像、音楽は素晴らしく、役者さんも一流の方ばかりで、上手く作れば名作と成り得たと思うんですけどね。

・・・と、あまりここで語ってしまうと、総評のネタが無くなってしまうのでこの辺にしておきます(笑)。

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