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東北地方太平洋沖地震の深刻さを、改めて思う3日目の夜。

東北地方太平洋沖地震が発生してから3度目の夜を迎えました。
時が経つにつれ見えてくる被害の大きさに、ただただ胸を痛めています。
13日夕方、ようやく津波注意報が解かれたようですね。
まだまだ大きな余震の可能性が否定出来ないため予断を許しませんが、とりあえず注意報が解かれたということで、明日から踏み込んだ救助活動ができることでしょう。
今日、津波に飲み込まれた男性が、15キロほど沖合に浮かんでいる瓦礫の上で生存しているところを発見され、救助されていましたね。
他にも、同じような人がまだたくさんいるかもしれません。
震災現場で生存率が急激に低下するのが、被災後72時間といわれます。
残された時間は少ないですが、一人でも多くの生命が助かって欲しいと願うばかりです。

前稿でも述べましたが、私は阪神・淡路大震災を経験した神戸市民です。
比べる類のものではないのでしょうが、震災といえば、どうしても自身が体験した大震災が比較の対象になってしまします。
当時、100年に一度の地震災害といわれた阪神・淡路大震災。
巷では、南海地震が近いなどと耳にすることもありましたが、正直、私が生きている間に、16年前のそれを超えるような大震災が国内で起こるとは思いませんでした。
もちろんそれは、何の根拠もありません。
ただ、私も含め人間というのは、喉元過ぎれば熱さを忘れる生き物ですから・・・。

今回の地震発生当初は、地震の規模を示すマグニチュード8.8とされていましたが、専門家の指摘を受け、地震波のデータを再計算などしたところ、9.0に修正されたそうです。
マグニチュードが0.2大きくなると、地震のエネルギーは2倍にもなるとか。
マグニチュード9.0というのは、7.3だった阪神・淡路大震災の約1000倍のエネルギーだそうで、計り知れない規模だということがわかります。
ただ、これは地震のエネルギーの規模を表す値で、揺れの激しさを示す数字ではありませんから、世界で初めて『震度7』を記録した“阪神”は、“揺れ”という部分だけみれば、今回以上だったかもしれません。
しかし、今回の震災では阪神とまったく違う、“津波”という恐ろしい災害に襲われました。
都市直下を震源地とした“阪神”は、一瞬にしてビルも高速道路も倒壊させてしまう惨状を生みましたが、被災後、災害地域に人が踏み込めないような事態にはならず(火事の起こった地域は別ですが)、地震発生初日、救助隊の活動が始まる前に、被災者同士の救助活動で助けだされた生命が、おそらく何千、何万とあったでしょう。
実際に私の職場の人間で究極の被災地に住んでいた者も、自身の家が全壊だったにも関わらず救助活動に参加し、何人も瓦礫の中から救い出したと聞きます。

今回は直下型ではなく三陸沖が震源地だったことで“津波”という災害を生み、その被害を受けた被災地は、一般の人はもちろん、救助隊ですら足を踏み入れることができない地域が多く、ただ呆然と惨状を見つめることしかできないという、地獄絵のような惨状が想像できます。
しかも、“阪神”の場合、行方不明の被災者が、何処に閉じ込められているか、また、何処に埋まっているかが、ある程度予想できる場合が多かったでしょうが、今回の“津波”に飲み込まれたと思われる方々は、何処にいるかさえわからない場合がほとんどではないかと想像します。
2004年のスマトラ島沖地震で見た“津波”の映像は衝撃的でしたが、今回、改めて“津波”の恐ろしさを目の当たりにしています。

“阪神”の場合、もうひとつの不幸中の幸いは、地震の起きた時間帯もあったと思います。
“阪神”が発生したのは午前6時前という、まだ人々が動き出す前の時間帯だったことが、犠牲者の数に影響を及ぼした側面があります。
もし、あれが、あと数時間遅く起きていたら、犠牲者の数は何倍にも膨れ上がっていたことでしょう(高速道路や鉄道だけでも、計り知れない犠牲者を生む結果となったのではないでしょうか)。
今回の場合、“津波”という災害を思えば、深夜に発生していれば、もっと逃げ遅れる人が増えていたかもしれず、そういった意味では、昼間の発生は不幸中の幸いだったかもしれませんが、一方で、昼間の発生により家族がバラバラになってしまう悲劇を多く生んでしまいました。
早朝の発生だった“阪神”の場合、ほとんどの人が家にいる時間帯だったため、家族の居場所がわからないといったケースは今回ほど多くはなかったと思いますが、昼間の発生だった今回は、お父さんは会社、お母さんは自宅、子供たちは学校と、それぞれ別々の場所で震災に遭い、その後、安否もわからず、生きているにしても何処に避難しているかもわからないという、不安な避難生活を強いられた被災者を多く生んでしまいました。
生きているならば、一刻も早く家族と会いたい・・・おそらく、眠れない夜を過していることだと思います。

いろんな意味で、“阪神”を超えたといっていい、今回の東北地方太平洋沖地震。
私たち神戸市民は、16年前、多くの救援物資義援金、そしてボランティアの方々に助けられた“恩”があります。
喉元過ぎれば熱さを忘れてしまう、愚かな人間の私ですが、受けた“恩”まで忘れてはいません。
現地に赴いてボランティア活動を出来るほどの甲斐性はありませんが、これから被災者の方々に、何が出来るか、どうすればいいか、微力ながら考えていきたいと思います。
とにかく今は、一人でも多くの生命が救われることを祈ります。


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下記、記事本文引用
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安否不明は数万人規模 宮城県は犠牲者「万単位」
 東日本大震災の津波で水没するなど壊滅的な被害を受けた市町村で、連絡が取れず安否不明の住民が数万人に上っていることが13日、岩手、宮城両県などへの取材で分かった。被害は深刻さを増し、各県や県警本部が全容の把握を急いでいる。警察が確認した死者・行方不明者は3200人を超え、宮城県警の竹内直人本部長は県内だけでも死者が「万人単位に及ぶことは間違いない」と述べた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110313-00000086-mai-soci

by sakanoueno-kumo | 2011-03-14 02:05 | 時事問題 | Trackback(2) | Comments(0)  

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