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阪神・淡路大震災から17年、今思うこと。

本日、1月17日は私の誕生日
そして今日は、私たち神戸市民には忘れることの出来ない、『阪神・淡路大震災』の発生した日でもあります。
1995年の震災の日が28歳の誕生日だった私も、今日で45歳になりました。
その当時生まれて間もなかったわが愚息も、現在高校2年生になります。
当ブログを始めて以来、毎年この日は震災で亡くなった6434人の追悼の意味も込めて、当時のことを振り返って自身の経験談などを紹介していましたが、今年は昨年までとは思いが違います。
いうまでもなく昨年の3月11日、その『阪神・淡路大震災』をはるかに凌駕する大規模な地震災害がわが国を襲いました。
その被害は地震そのものの被害にとどまらず、津波による災害、そして今なお終息を観ない原発事故など、犠牲者・被災者の数、被災地の範囲の広さと、どれをとっても阪神のそれをはるかに上回る傷痕を残しました。
『阪神・淡路大震災』は、戦後2番目に大きな災害に“格下げ”となってしまったのです。

昨年の今日までは、戦後最大の震災の経験者として、当時のことやその後の神戸のことを語ってきました。
でも、震災後十数年も経って、いつまでも震災の話をするはクドイんじゃないかという思いもなきにしもあらずでした。
それはちょうど、お年寄りがいつまでも先の戦争の話をするようなもので、戦争を知らない私たちにしてみれば大昔の出来事でしかなく、いくら話を聞いても実感できるものではありません。
私たち神戸市民の中でも、震災を知っている世代と知らない世代では明らかに温度差があり、もうそろそろ、『阪神・淡路大震災』の話題も賞味期限切れかな、と思ったりもしていました。
でも、それは間違いでしたね。

お年寄りがいつまでも先の戦争の話をするのは、それ以降、わが国で戦争が起きてないから。
もし、その後の歴史に日本がまた戦争に参加するような事態が起きていたら、太平洋戦争の位置づけは大きく変わっていたことでしょう。
70年近く経った今でも太平洋戦争のことを昨日のことのように話せるのは、実はとても幸せなことなんですね。
『阪神・淡路大震災』が戦後最大の災害として語られていた間は、幸せだったということです。
それが、戦後2番目に大きな災害に“格下げ”になってしまいました。
しかも、たった16年という短さで・・・。
これは、とっても不幸なことだということを思い知りました。

震災から17年経った神戸の町は、表面上はかつての傷痕は見られなくなりましたが、当時とは違った問題が見え始めています。
震災直後に神戸市は、住宅復興を急ぐ観点から、民間住宅を借り上げて公営住宅として被災者に賃貸する方式を取ってきました。
いわゆる「また貸し」ですね。
つまり、家主と市が契約関係を結び、市が被災者に通常より安く貸しているわけですが、家主と市との賃貸契約満了期間が20年間となっていたそうで、あと3年しか残っていません。
神戸市は現在、入居者に対して転居を要請し始めているそうですが、入居者の多くは高齢者で、「住み替えは困難」と答えている方がたくさんいるとか。
震災から十数年を経て、ようやく生活も落ち着き、周囲の人間関係も築いてきた被災者が、再び大きな困難・不安に直面している現実があります。
神戸経済の低迷も相変わらず深刻で、就業率は5大都市の中では最下位、全国で見ても平均値をはるかに下回っています。
震災直後の地震そのものによる打撃は、いってみればある日突然、予想もしていなかったカウンターパンチをくらって一発KOされたようなもので、衝撃は大きかったものの、気持ちを切り替えて立ち上がることができた人が多かったと思います(周りが全て被災者でしたから、自分だけが不幸なわけじゃないという妙な安心感もありましたしね)。
ところが、年月が経ってジワジワとボディーブローのように繰り出される二次災害の打撃は、一撃でKOされるほどの強打ではないにしても、少しずつ足腰や内蔵にダメージが蓄積し、気がつけば再起不能になるまで打ちのめされていたというような、そんな苦しさがあります。
神戸の内包する課題は、『東日本大震災』の被災地の将来を映す鏡でもあると思います。
その意味でも、まだまだ『阪神』を語る必要はあるのかもしれません。

戦後2番目に大きな災害に“格下げ”となった『阪神・淡路大震災』。
何の根拠もありませんが、私の生きている間に『阪神』を超える地震災害が起きるとは思っていませんでした。
でも、考えてみれば、地震大国日本でそんな保証があるはずがないんですよね。
ということは、近い将来、『東日本』を超える災害が発生する可能性だって否定できないわけです。
そうあって欲しくないのは当然ですが、こればかりは人間の力ではどうにもなりませんからね。
おびえていては生きていけませんが、認識して準備をしておく必要はあると思います。
そういった意味では、過去を顧みる節目として、今日のような日は必要なのでしょう。

ありがたいことに、私は自身の誕生日と震災記念日が重なったことで、歳をとる度に震災のことを思い出すことができます。
これは、喉元過ぎれば熱さを忘れがちな私に、神が与えた課題なのかもしれません。
神戸の町が一日も早く震災前の姿を取り戻すように、そして東北の被災地が、神戸が抱える問題を教訓にしてより良い復興を遂げられるように、心から願っています。
そして、願わくば、『東日本大震災』が戦後最大の災害であり続けてくれることを祈るばかりです。

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by sakanoueno-kumo | 2012-01-17 22:13 | 日常 | Comments(0)  

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