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八重の桜 第6話「会津の決意」 ~公武合体論と京都守護職~

 「桜田門外の変」で大老・井伊直弼が暗殺されると、幕府の権威は急速に失墜していきました。そこで幕府は、朝廷と手を結ぶことで権威の回復を図ろうとします。従来、朝廷は政治との関わりを規制されていましたが、黒船来航以来、にわかに高まった尊王思想大政委任論などにより次第に潜在的地位が高まり、さらに日米修好通商条約をめぐる論争・政治工作のなかで、老中・堀田正睦が反対勢力を抑えるために孝明天皇(第121代天皇)から勅許を得ようとしたことから、天皇および朝廷の権威は急速に上昇していきました。

 そんななか、朝廷と結束することで幕府の権威低下を防ごうという「公武合体論」が浮上します。ドラマでは割愛されていましたが、井伊直弼の死後、幕政の中心となっていた老中・久世広周安藤信正らは、第14代将軍・徳川家茂の正室に、孝明天皇の妹・和宮親子内親王を降嫁させます。皇女を将軍家御台所に迎えたいという案は井伊直弼生存中からありましたが、当時の案は幕府が朝廷を統制する手段として考えられていたもの。しかしこの段に及んでの婚姻の意図は、いわゆる「公武合体」、すなわち、朝廷の権威を借りて幕府の権威を強固にしようという考えであり、幕府にとってみれば藁をもつかむ策だったわけです。

 一方、幕府の権威低下に伴い、これまで幕政から遠ざけられていた親藩有力外様大名の政治力が急速に高まり始め、有力諸侯を国政に参画させて国難を乗り切るべきであるという公議政体論が台頭しはじめます。文久2年(1862年)6月には、かつて将軍継嗣問題一橋慶喜擁立を推した島津斉彬の実弟で、同藩最高実力者の島津久光が兵を率いて上京し、朝廷から勅使を出させ、その権威を後ろ盾として幕府の最高人事に介入し、一橋慶喜を将軍後見職に、福井藩前藩主・松平春嶽を大老職に相当する政事総裁職に起用することを幕府に認めさせます。いわゆる「文久の改革」です。

 その頃、京都では攘夷を叫ぶ志士が勢いづいており、朝廷内でも破約攘夷論を唱える公家たちが台頭していました。その結果、開国論をとる薩摩藩は朝廷での支持基盤を失ってしまいます。京のまちでは攘夷論を唱える過激な志士たちによる「天誅」と称した殺傷事件が頻発しており、その対象は、攘夷論に反対する幕府よりとみなされた公家やその家臣たちでした。幕府はそうした状況を見かね、京都守護職という軍事職の新設を決めます。そこで白羽の矢が立てられたのが、八重たちの会津藩だったのです。

 京都には、朝廷の監視を任務とする京都所司代が置かれていました。通常、十万石前後の譜代大名が任命される役職でしたが、「天誅」と称したテロの嵐が吹き荒れる京都の治安は、所司代レベルの力で抑えられる域を超えていました。そこで幕府は、二十三万石の会津藩の武力を持って京のまちを鎮撫しようと考えたのです。

 時の藩主は9代目の松平容保。尾張藩の分家・美濃高須藩主・松平義建の六男として生まれた容保でしたが、叔父に当たる会津藩8代目藩主・松平容敬の養子となります。容保が容敬に変わって藩主の座に就いたのは、黒船来航の前年、嘉永5年(1852年)のことでした。藩主になって10年。容保は大きな決断を迫られることになります。

 容保に京都守護職就任を求めたのは、ドラマのとおり政事総裁職の松平春嶽でした。要請を受けた容保が頑なに固辞したのもドラマのとおりです。家老の西郷頼母をはじめ家臣たちも猛反対。いわば無政府状態に陥っていた京都で守護職を務めるということは、ドラマで頼母が言っていたとおり、薪を背負って火に飛び込んでいくようなもの。自ら死地に飛び込むのと同じというわけでした。しかし、春嶽はなおも容保を説得します。もし、藩祖の保科正之が存命ならば、必ず引き受けただろう・・・と。これは容保にとっては殺し文句でした。将軍家への絶対的な忠誠を歴代藩主に求めた『会津家訓十五箇条』(参照:第1話「ならぬことはならぬ」)にしても、養子という立場での藩主であるがゆえに、なおさら容保の心に重くのしかかっていたに違いありません。ここに至り、容保は京都守護職就任を引き受けてしまいます。文久2年(1862年)8月1日のことでした。この決意により、八重たち会津藩の人々の運命は大きく変わることになります。


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by sakanoueno-kumo | 2013-02-11 02:33 | 八重の桜 | Trackback(2) | Comments(2)  

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Commented by heitaroh at 2013-02-19 15:23
この回だったか、前回だったか忘れましたが、山本覚馬が攘夷志士に斬りつけられてましたが、会津領内でまで天誅騒ぎがあったというのは本当なんですか?
Commented by sakanoueno-kumo at 2013-02-19 21:49
< heitarohさん

天誅騒ぎがあったかどうかは知りませんが、山本覚馬はあまりにも洋式砲術の必要性を藩内で強く説いたため、攘夷派や守旧派から疎んじられて失脚したのは事実です。
桜田門外の変や都の天誅騒ぎの余波は、地方にも多少は伝わっていたのではないでしょうか

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