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八重の桜 第45話「不義の噂」 ~時栄の不倫騒動~

 不自由な身体となった山本覚馬の後妻となり、20年近くもの長きに渡って献身的に支えてきた時栄(時恵とも)でしたが、明治18年(1885年)、真偽は定かではないものの、覚馬が自分のあととりに考えていた会津藩出身の青年(ドラマでは青木栄二郎)と、不倫関係になったそうです。このとき覚馬は58歳、時栄は33歳。下世話な見方をすれば、充分にあり得る話ですよね。

 この時栄の不祥事のエピソードは、徳富蘇峰の弟、徳富蘆花の自伝的小説『黒い眼と茶色の目』に登場します。この小説は、時栄の娘・久栄と蘆花との結ばれなかった恋物語を描いたものだそうですが、そのなかに、母・時栄のことが記されているそうです。それによると、ある日、体調を崩した時栄を来診したドクトル・ペリー医師が、帰り際に「おめでとうございます。妊娠5ヶ月です」と告げたそうで、これを聞いた覚馬が「身に覚えがない」と言い出したため、大騒ぎになったとのこと。問いただされた時栄は、鴨の夕涼みでうたた寝をしているときに、「見知らぬ男に犯された」などといいますが、さらに問い詰められると、最後には青年との不倫を認めます。このあたり、ドラマとはまったく違いますね。

 この話が事実かどうかは定かではありません。これはあくまで小説の中で描かれているものであり、登場人物の名前も、山下勝馬時代といった具合に、明らかに覚馬と時栄がモデルであることはわかるものの、偽名で真偽を濁しています。あるいは、蘆花の創作かもしれません。ただ、この時期に時栄が何らかの不祥事を犯して山本家を去ったのは事実のようで、この小説に描かれている話も、まったくのフィクションではないかもしれません。そんなこんなを考えて、ドラマではNHKらしくまとめていましたね(笑)。

 山本家としては、時栄を離縁すると家の恥が表沙汰になってしまうため、内分に済ませようとしたそうです。覚馬にしてみれば、長年の苦労に対する感謝の気持ちをあったかもしれません。しかし、封建道徳からいえば彼女のしたことは不義密通。許されるべきことではありませんでした。この事実を知った八重は、「臭いものに蓋をしてはいけない」と、兄・覚馬に時栄を離縁するよう強く求め、山本家から時栄を追い出したといいます。この事件以前の八重と時栄の関係がどのようなものだったかはわかりませんが、たとえ良好な義姉妹の間柄だったとしても、どうあれ「ならぬことはならぬものです」だったのでしょうね。

 その後の時栄と不倫相手の消息は記録が残っていません。そのとき妊娠していたとしたら、その子はどうなったかも定かではありません。時栄と覚馬の間の娘・久栄は、そのまま山本家に残ります。前妻・うらとの間の娘・みねもそうでしたが、どうも、覚馬の娘は幼くして母と生き別れる運命のようですね。そして、その娘たちのその後の人生も、決して幸せなものではありませんでした。そのあたり、来週描かれるようです。


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by sakanoueno-kumo | 2013-11-11 19:25 | 八重の桜 | Trackback(2) | Comments(0)  

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