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阪神・淡路大震災から19年、いま思うこと。

今日は1月17日。
6434人の方が亡くなり、3人の方が行方不明になった阪神・淡路大震災の発生から、今日で19年となりました。
そして今日1月17日は、わたしの誕生日でもあります。
19年前の震災当日に28歳の誕生日を向かえたわたしも、今日で47歳になりました。
あのとき、生後4ヶ月だった愚息も、いまは大学生になっています。
足かけ20年もの年月が流れて、日々の暮らしのなかで震災のことを思い出すことはずいぶんと少なくなりましたが、神戸市民にとって1月17日だけは、当時のことを思い出して感傷にふける日です。
当ブログでも、この日は毎年、当時の話をしてきました。

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写真は、神戸市東灘区の東求女塚古墳跡公園内にある震災慰霊碑です。
東灘区は、神戸市のなかでも最も家屋倒壊率の高かったまちで、亡くなられた方の数も率もいちばん高かった地域です。
高速道路が横倒しになっていた映像は記憶に残っている人も多いかと思いますが、あの近くですね。
わたしは、倒れて数日後の高速道路を間近で見ましたが、映像や写真で見るのとは比べものにならないほど、恐ろしい光景でした。
正直、脚が震えました。
平衡感覚を失って吐きそうになりました。
あれは強烈な体験でしたね。

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当時のわたしの知人で、あのとき阪神高速道路を走行中だった奴がいるのですが、そいついわく、空が一瞬光ったと思ったら、いきなり目の前の道路が蛇のように上下にウネリ始めたといいます。
何が起きたのかわからないまま急ブレーキを踏んで停車し、揺れが収まってからしばらくして地震だとわかったとか。
その後、車を走らせようにも、道路のジョイント部分が離れたり、段違いになったりしていて進めず、停電で真っ暗ななか徒歩でしばらく進むと、道路が途中で途切れ、その先は目を疑う光景になっていた・・・と。
で、進むのをあきらめ、ラッキーにも少し引き返したところに高速の乗り口があったため、まわりにいた数台の車と協力して、逆走して高速道路から脱出したそうです。
その間も余震は頻繁に続き、生きた心地がしなかった・・・と。
間一髪、九死に一生を得るとは、まさにこのことですね。

あのとき東灘区で横倒しになった高速道路は600メートルにも及んだそうですが(他にも、橋桁がずれたり傾いたりした場所は数知れず)、意外にも、亡くなられたドライバーの方は10数名だったと記憶しています。
午前5時46分という時間が幸いしたのでしょうが、高速道路の真下には国道43号線が並走しており、よくそれだけの被害で済んだなあと、つくづく思います。
もし、あと2時間後に起きていたら・・・・考えるだけで背筋が寒くなりますね。

今年も神戸市内では、各地で追悼行事が催されるようです。
平日なので、わたしはそのような場所には行けませんが、19年前のあの日、幸運にも命を落とさずに、こうしていまを生きていることを幸せに思い、犠牲になった方々への哀悼の意を捧げたいと思います。
今日、1月17日は、神戸市民にとってそういう日です。


過去5年間の1月17日の拙稿です。
よければ一読ください。
    ↓↓↓
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誕生日に思う。~阪神・淡路大震災から16年。
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by sakanoueno-kumo | 2014-01-17 01:02 | 日常 | Comments(0)  

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