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軍師官兵衛 第9話「官兵衛試される」 ~小寺政職の人物像~

 織田信長との面会を果たした黒田官兵衛は、さっそく播磨に帰国し、周辺豪族の説得工作を開始。織田氏毛利氏か、今なおどちらの傘下に入るか迷っていた小領主たちを、次々に織田氏方へ引き寄せます。そして、主君である小寺政職をはじめ、龍野城主の赤松広秀、三木城主の別所長治らを揃って信長に謁見させます。官兵衛大活躍ですね。そんな官兵衛を刺激して手のひらで転がしていたのが、羽柴秀吉の名参謀として仕えていた竹中半兵衛だった・・・というのが、今話のストーリーでしたね。(余談ですが、このとき14歳の赤松広秀は、のちに、最近日本のマチュピチュとして観光客が急増している但馬竹田城の、最後の城主となる人物です。)

 前話の稿でも紹介したとおり、小寺氏、赤松氏、別所氏が揃って信長に謁見したという話は、『信長公記』のなかに記されているエピソードで、おそらく史実とみていいでしょう。しかし、それらの播磨豪族たちを説得して束ねたのが官兵衛だったという話は、たぶん後年に作られた話でしょうね。ましてや、それを裏で操っていたのが半兵衛だったという設定は、いうまでもなくドラマのオリジナルです。のちに「両兵衛」と称され、深く関わりを持つことになる二人ですが、この時点ではまだ面識がなかったか、あったとしても、せいぜい秀吉を介して名刺交換した程度の関係だったでしょうね。

 それにしても、ひどく優柔不断で臆病なバカ殿さまに描かれている小寺政職ですが、実際には、どのような人物だったのでしょう。今日は、そんな政職について少しふれてみたいと思います。

 政職の家系である小寺氏は、赤松氏の有力な家臣として鎌倉時代末期から活躍していたとされますが、史料でしっかり確認できるのは、長禄元(1457)年の「長禄の変」からだそうです。「長禄の変」とは、その16年前に起きた「嘉吉の乱」で没落していた赤松氏を、家臣たちの働きで再興させた出来事で、そのとき中心となって活躍したのが、政職の高祖父にあたる小寺性説という人物だったといいます。以後、小寺氏は赤松氏の重要な家臣として仕え、御着城を拠点として地位を保ってきました。しかし、世の中は下克上の時代へと移り、赤松氏の家臣だった浦上氏別所氏明石氏櫛橋氏とともに、小寺氏も徐々に赤松氏の配下から独立の様相を見せるようになります。政職が家長となったのは、そんな時代でした。

 家督を継いだ政職は、御着城を改修して防御を強化するとともに、播磨国内の香山氏真島氏らを制圧。その後も、赤松氏や浦上氏、別所氏らとの小競り合いを繰り返しながら、少しずつ播磨国内での勢力を拡大していきます。内政面でも善政を敷いていたようで、領民からも慕われていたとか。どうも、ドラマで描かれているような暗愚な人物ではなかったようです。何よりも、浪人同様の身分だった黒田職隆、官兵衛父子の能力を認めて引き上げたのは政職で、既成概念にとらわれない人材登用は、織田信長に相通ずるともいえますよね。決して、赤鼻のバカ殿さまではなかったようです。

 たぶん政職の優柔不断で頼りないキャライメージは、最終的に織田方から毛利方に寝返ったという1点のみで作られた人物像でしょう。ちょっと気の毒な気がしないでもないですが、ただ、政職が愚人に描かれているのは今回のドラマだけではなく、司馬遼太郎氏の『播磨灘物語』をはじめ、多くの物語で同じような描かれ方をしてるんですよね。人間やっぱ、人生の着地点を間違えると、こういう評価になるんですね。

 「兵の情は速やかなるを主とす(孫子)・・・戦いは迅速でなくてはなりませぬ。いつまで頼りにならぬ主君に振り回されているおつもりか。貴殿ほどの力がおありなら、いっそ小寺政職など討ち取り、御着の城を乗っ取ってしまう方が楽なのでは?」

 実際に、かつての主君から城を奪ったことのある半兵衛だからいえる台詞ですね。ということは、酒色に溺れて政務を顧みなかった斎藤龍興と、政職は同じレベルの愚かさだということでしょうか? 気の毒というほかありません。


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by sakanoueno-kumo | 2014-03-03 22:58 | 軍師官兵衛 | Comments(2)  

Commented by 田中かわず at 2014-03-04 07:53 x
sakanoueno-kumoさん、こんにちわ。
今日の記事、賛成です。私も実際の小寺政職はそんなに暗愚な殿様ではなかったと思います。そうでなければ、浦上、赤松、三木といった有力な諸領主をまわりに控えて、なおじわじわと領土を拡張したり、室町時代的意識の強い播磨の地で、外様である黒田家を家老に抜擢するなどという思い切ったことはできないはず。
俊秀とはいえなくても、平均以上の領主だったと思うのです。
今回の軍師官兵衛では、片岡鶴太郎はプロデューサーに「あの仁義なき戦いの金子信雄で演ってくれ」といわれたそうで、あの赤鼻も鶴太郎の独創だとのことですが、こんな風にして小寺政職の人物像が人々の間にコンクリされることはチトいかがなものかと思わないでもありません。
でも、赤鼻の鶴太郎を私は好きですけどね。まあ、ドラマとして楽しもうと思っています。
Commented by sakanoueno-kumo at 2014-03-05 19:06
< 田中かわずさん

おっしゃるとおりですね。
平均点以下の領主でも、上手く立ちまわって徳川時代まで家を存続させた者もいれば、ただ1度の判断ミスが命取りになった者もいる。
前話だったか、官兵衛が秀吉に言った「運だけでは大名にはなれませぬ。」という台詞がありましたが、でもやはり、運も大きいですよね。

>仁義なき戦いの金子信雄で演ってくれ
>あの赤鼻も鶴太郎の独創

そうなんですね。
優柔不断で利己的で臆病で、どうしようもない人物に描かれている鶴太郎政職ですが、どっかで見せ場は作っているのかもしれませんね。
楽しみにしたいと思います。

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