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軍師官兵衛 総評

 2014年の大河ドラマ『軍師官兵衛』の全50話が終わりました。今年も、なんとか全話レビューを起稿することが出来て安堵しているところですが、最後に、あらためて本作品を総括してみたいと思います。

 今年の主人公である黒田官兵衛は、これまでもたびたび主役予想に名前が挙がっていた人気の人物でしたが、わたし自身も、予てから官兵衛主役の大河を望んでいたひとりでした。古くは吉川英治氏の『黒田如水』司馬遼太郎氏の『播磨灘物語』、最近では池田平太郎氏の『黒田家三代』など、官兵衛主役の小説は何冊か読んでいましたし、地元兵庫県出身の偉人ということもあって、勝手に親近感を持っておりました。姫路市でずいぶん前から官兵衛の大河誘致運動が熱心に行われていることも知っていましたし、それらのPRイベントの仕事に参加させてもらったこともありました。そんなこんなで、『軍師官兵衛』の制作発表があってからは、たいへん楽しみにしておりました。

 それだけ期待が大きいと、逆にハードルが高くなって期待はずれに感じてしまいがちだと思うので、なるべく先入観を持たずに観ようと心がけた1年だったのですが、全話が終わった感想を率直に述べると、たいへん良い出来だったとわたしは思います。少なくとも、ここ近年(今世紀に入ってから)の大河作品のなかでは、わたし個人的にはいちばん良かったんじゃないでしょうか。久々に、大河ドラマを観た!という気分です。

 その理由を簡単にまとめると、まず、昨年、一昨年の作品と同じく、史実、通説を軸にしたストーリーづくりが、ちゃんと成されていたこと。わたしは、決して史実至上主義ではなく、物語である以上フィクションは不可欠だと思っていますが、さりとて、さすがに歴史を歪曲してしまうほどの虚構はいかがなものかと思いますし、何より、事実は小説よりも奇なりで、史実、通説を超えるほど面白い物語を創作するのは、容易なことではないとは思います。安直なフィクションは、荒唐無稽な物語になっちゃいますからね。その意味では、本作は大筋の部分は通説どおりに描かれていて、ストーリーに安心感がありました。もちろん、重箱の隅をつつくような粗探しをすれば、ツッコミどころはあるのですが、わたしは、そういった観方は好きではありませんし、本作に関していえば、それも少なかったように思います。

 次に、主人公の描き方についてですが、ここが最も重要で最も難しいところなんですよね。どれだけ主人公の魅力を引き出せるかがポイントで、それによって作品の評価が大きく変わってきます。いちばん良いのは、そのドラマを観てその人物のことが好きになったと言われるような描き方で、その例で言えば、昭和62年(1987年)放送の『独眼竜政宗』などは、その最たる例でしょう。過去、名作と言われた作品は、ほとんどがそうでしたよね。

 ただ、だからと言って、実在の人物を描くわけですから、虚像で塗り固めたものではダメですし、また、それでは魅力的な人物にはならないでしょう。その人物の本来持つ魅力をどれだけ引き出せるか・・・。歴史上の偉人たちの魅力というのは、いい意味で清濁併せ呑むところにあると思います。聖人君子では絶対に魅力的には映らないでしょうし、かといって、極悪非道でも観る人を引きつけることは出来ない。難しいですよね。

 その意味では、本作の黒田官兵衛は、たいへん魅力的だったと思います。いうまでもなく黒田官兵衛の魅力は「智将」としての部分ですが、必要以上に策士の部分を強調し過ぎると、ただの野心家となってしまうでしょうし、無理に正義の味方的ヒーローにしてしまうと、行動の辻褄があわなくなってシラケてしまいます。本作では、その清濁が上手く描けていたんじゃないでしょうか。

 そう思えた理由は、脚本演出の良さもありますが、岡田准一さんの演技力の高さも大きかったでしょうね。印象深いのは、織田信長横死の知らせを受けたあとの安国寺恵瓊との密会のシーン。知略家同士がお互いの腹の中を探りながらの談合で見せたあの腹黒い笑みや、その後、信長討死を隠したまま毛利氏と和睦を成立させた際のほくそ笑みなど、最近の大河作品ではあまり観られなかったダークな演技は圧巻でした。また、関ヶ原の戦いの混乱に乗じて天下を狙ったときの野望に満ちた目も、たまんなかったですね。やっぱ、大河の主人公には、ああいう目をして欲しいんです。近年の作品には、あの目がなかったんですよね。

 脇を固める俳優さん方で言えば、ヒロインの役の中谷美紀さんはさすがですね。美人だし演技上手いし、まさに本作の華でした。意外にも、大河ドラマ初出演だったんですね。NHKは何をやってたんだ?・・・と。それから、江口洋介さんの織田信長が意外に良かったです。なかなか凄みがありましたよね。竹中直人さんの豊臣秀吉にいたっては、これ以上のハマリ役はないといっていいと思いますが、ただ、竹中秀吉は過去に堪能していますから、新鮮味には欠けましたよね。もうちょっと別の秀吉像も見てみたかった気がします。その意味で目新しかったのは寺尾聰さんの徳川家康ですが、う~ん・・・といったところでしょうか(笑)。たぶん、家康を演じるために無理に太られたのでしょうね。その意気込みには拍手を贈りたいです。今回フィーチャーされた荒木村重役の田中哲司さんは、正直あまり知らなかったのですが、いい俳優さんですね。今後、村重のイメージは田中さんで定着しそうです。今回、最も素晴らしいと思ったのは、黒田長政役の松坂桃李さん。こんな役もできるんですね。この人、いつか大河の主役演るんじゃないでしょうか。あと、黒田職隆役の柴田恭兵さんは・・・まあ、演技はさておき存在感はありました(笑)。最後に、今回最もミスキャストだったのは、春風亭小朝さんの明智光秀。なんでやねん!といいたくなる配役でした(笑)。

 これまで述べてきたとおり、今年の大河はわたしにとって、たいへん高評価の作品となりましたが、まったく不満がなかったわけではありません。たとえば、石田三成の人物像などは、もうちょっとどうにかならなかったかとは思いますね。官兵衛主役の物語ですから、三成がヒール役になるのは仕方ないとしても、あの嫉妬深く陰険なイジメっ子のようなキャラは、いただけなかったですね。仮にも関ヶ原の西軍の将ですから、悪役に描くにしても、もうちょっと大物感を出してほしかったと思います。

 それから、登場人物の呼称についてですが、大河作品ではいつの頃からか、三成のことを「治部少」、秀吉のことを「筑前守」といった呼び方は使わなくなりましたよね。この度も、天下人となったあとは「関白殿下」「太閤殿下」と呼んでいましたが、それまでは、ほとんどが「秀吉様」。実際には下の者が上の人をファーストネームで呼ぶなどあり得なかったと思いますよ。たぶん、わかりやすさを重視したのだと思いますが、難しいところですね。「ありがとう=かたじけない」や、「一人称=それがし、拙者」なども同様ですが、言葉は使わなければ消えていってしまいます。できるだけ、時代劇言語を継承して欲しいんですけどね。

 あと、本作に限らずですが、天下人を目論む武将たちに、「乱世を終わらせるため」とか「戦のない世を作るため」といったスローガンを語らせるのも、そろそろやめにしませんか? そういう風に言わせないと駄目なのでしょうか? あの台詞を聞くと、どうも安っぽく思えてなりません。彼らは皆、自分たちの野望を満たすため、あるいは、自家の存続と繁栄のために戦っていたわけで、決して世のため人のために戦っていたわけではありません。言うなれば、現代の企業戦士たちと同じで、自社の利益のため、家庭を守るため、自身の出世のために血眼になって働いているわけで、世の中のために働いている人なんて、ほとんどいないはずです。皆、自分たちのために働いて、その結果、世の中の繁栄に繋がっているわけで、戦国時代現代社会も同じですよ。あれがなければ、もっと良かったんですけどね。

 ちょっと批判めいたことも述べましたが、それらの不満点を差し引いても、わたしにとって『軍師官兵衛』は、名作のひとつに数えられる作品となりました。ただ、実は1年前の放送前から、本作はきっと良い作品になるんじゃないかと予感していたんですよね。というのも、一昨年の『平清盛』から、明らかに制作サイドのスタンスが変わりましたよね。その前年まで長らく続いていたトレンディードラマさながらのドラマスタイルを一新し、歴史ドラマを作ろうといった意気込みが伝わってくる作風に変わりました。そのスタンスが『平清盛』『八重の桜』を経て、本作で実ったとわたしは感じています。長らく続いていた暗黒時代は終わったと・・・。残念ながら視聴率には反映されていないようですが、この流れはぜひ今後も続けていって欲しいと、わたしは思います。

 とにもかくにも1年間楽しませていただき本当にありがとうございました。このあたりで『軍師官兵衛』のレビューを終えたいと思います。毎週のぞきにきていただいた方々、時折訪ねてきてくれた方々、コメントをくださった方々、本稿で初めてアクセスいただいた方々、どなたさまも本当にありがとうございました。

●1年間の主要参考書籍
『誰も書かなかった黒田官兵衛の謎』 渡邊大門
『黒田家三代』 池田平太郎
『日本の歴史11~戦国大名』 杉山博
『日本の歴史12~天下一統』 林屋辰三郎
『播磨灘物語』 司馬遼太郎
『黒田如水』 吉川英治



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by sakanoueno-kumo | 2014-12-25 19:17 | 軍師官兵衛 | Trackback(1) | Comments(10)

 

Tracked from dezire_photo.. at 2015-01-04 14:09
タイトル : 2015年版若手男性、池松壮亮、岡田准一、松坂桃李、斎藤..
「演技力だけで選ぶ若手俳優ベスト10」     《若手男優編》  独断と偏見で選んだ「演技力だけで選んだ俳優ベスト10を選んでみました。俳優の人気や映画の観客動員数、主演ドラマの視聴率などは関係ありません。俳優に対する私的な感情はできるだけ排除していますが、私の演技の好みは入ってしまいますので、違ったご意見の方は、コメント下さい。 ●妻夫木聡 アーケードゲーム『スタアオーディション』のオーディションイベントで第1回グランプリを獲得し芸能界入り。ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』では暴力団で出...... more
Commented by heitaroh at 2014-12-25 22:34
お疲れさまでした。今年に限ったことではないのですが、本当に勉強になりました。
仰るとおり、昔の国盗り物語なんかは主人公は岡田官兵衛と同じで綺麗事ばかりじゃなかったですよ。最近はうんこもおしっこもしない人ばかりになってましたので、久々に見応えがありました。
で、概ね、その他も同感なのですが、私はこあさの光秀は元々、じーさんなんでしょうからそれほど思わなかったのですが、江口の信長だけは違和感ありありでした。
追伸、かぶんなご紹介、有難うございました。心より御礼申し上げます。
Commented by sakanoueno-kumo at 2014-12-27 01:52
< heitarohさん

まあ、わたしが江口洋介さんを好きだということもあるんですけどね。
貴兄は、信長役には採点辛そうですもんね(笑)。
(わたしが龍馬役に厳しいようなものでしょうか?)

国盗り物語は、私は小学校1年生でしたから、憶えていません。
ていうか、当時、日曜日の夜は、ムーミンを観たら寝てました(笑)。
Commented by 一年間 at 2014-12-31 22:01
今年もまた一年間、楽しませていただきました。ありがとうございました。
Commented by sakanoueno-kumo at 2015-01-02 14:11
< 一年間さん

確か、『平清盛』のときにコメントいただいた方ですよね。
あれあらずっと読んでいただいてたのでしょうか?
こちらこそ、ありがとうございます。
Commented by 一年間 at 2015-01-02 22:55
はい。清盛の最後に一度コメントさせてもらったものです。
私大河は好きですが、歴史小説を読むでもなく、歴史を勉強するでもなく、
毎日曜6時にテレビをぼんやり見てますので、このブログで助かっています。
今年の幕末の題材とても楽しみにしています。
できれば例年通り、ブログ更新してもらえると嬉しいです。
Commented by sakanoueno-kumo at 2015-01-03 02:37
< 一年間さん

過分なお言葉ありがとうございます。
今年の大河はわたしの好きな幕末ですが、如何せん主人公の女性のことを全く知りませんので、どこまで続けれるかはわかりません。
頑張ってみます。
Commented by 軍師官兵衛 at 2023-04-23 23:33
おもしろかった…けど,後になって思い出そうとすると…意外と何も記憶に残っていない…個人的に好きな市川由衣さんが出演されていた(城井の鶴姫役で,史実では宇都宮家滅亡に際し磔にされる…ですが,このドラマでは助命されました)から,少しひいき目が入っていたのかもしれません。あと,大変失礼ながら岡田准一さんが主役,しかも黒田如水(官兵衛)で始まる前は「いや,無理でしょ」的なイメージだったのが,いい意味で裏切られた…というのがポイントが高かったのかもしれませんね。
Commented by sakanoueno-kumo at 2023-04-24 14:48
> 軍師官兵衛さん

素人が生意気なことを言うようで恐縮ですが、岡田准一さんは、このドラマで俳優としてのスキルが格段に上がったといえるのではないでしょうか?
このあと、立て続けにアカデミー賞で主演男優賞や助演男優賞を受賞したり、数々の大作j映画に主演するようになったと記憶しています。

個人的には、このドラマで荒木村重が今まで以上にフィーチャーされたのが良かったですね。
わたしの中で村重のイメージは、今でも田中哲司さんです。
Commented by 博多の虎(夜のみ) at 2023-04-30 16:17
「軍師官兵衛」を投稿した者です。(今後HNは今回のものに統一します。)

「面白かったけど,記憶には残っていない」とは言いましたが…片岡鶴太郎さん演じる小寺政職(字あってるかな?)はなかなか強烈なキャラクターで…口癖のようであった「ここは思案のしどころじゃのう…」は当時マイブームでした。(ファミレスで何食べたいか迷った時など…それなりに実用性もありましたしね…と言って実際に公の場で使ったことはないですが…。)

この8年後に鎌倉殿が放送されるわけですが,それを見終えてからある意味共通していたと思うのは,鎌倉殿も官兵衛も「終盤は親子(父子)の物語だったな」ということ。ただ…その関係性は真逆で,鎌倉殿では息子の泰時が「理想(=義時が目指していてなれなかったもの)」でしたが,官兵衛では父如水(官兵衛)が息子(長政)が「目指しながらなれなかったもの」でした。最終回だったかな,松坂桃李さん演じる長政は家臣でありかつ莫逆の友でもある後藤又兵衛とたもとを分かつことになり…そのことを長政が激しく後悔し,「父のようになれなかった」と嘆くシーンがあったのを記憶しています。

そうそう。田中哲司さんの荒木村重も忘れてはいませんよ。家族を見捨てて逃げ延びる…あえて自分で「道糞」と名乗り…「心底己の行いを悔やみ,自虐するあまりに壊れてしまった人」を好演されていたと記憶しています。あと,荒木村重の妻子しかり,別所長治(だったかな)の家族しかり…女性や子供が容赦なく処刑されたり,自害したりする描写が(実際に殺傷するシーンはなく,ナレーションであったとしても)多く,(戦国時代をリアルに描いているという誉め言葉として)ブラックな展開も多かったように思います。
Commented by sakanoueno-kumo at 2023-05-02 02:05
> 博多の虎(夜のみ)さん

赤鼻の小寺政職ですね。 わたしは、あのキャラはイマイチだったかなぁ。 松坂桃李さん演じる長政は良かったですね。 松坂桃李さんは、私的にはいつか大河ドラマの主役を演じてほしい俳優さんのひとりです。 おっしゃるとおり、『軍師官兵衛』では、残酷な戦国時代をちゃん描いていました。 昨年の北条義時もそうでしたが、『軍師官兵衛』の如水にしても、決して正義の味方ではなかった。
ところが、今年の家康のみならず、『龍馬伝』の坂本龍馬とか、『西郷どん』の西郷隆盛とか、聖人君子の主人公が多すぎる。
昨日の家康も、自分を殺そうとした井伊直政を赦すという・・・どんだけいい人やねん!・・・みたいな。
普通はその場で斬り捨てでしょう。
本来、歴史上の偉人の魅力は、そんなところじゃないですよね。
良くも悪くも清濁併せ吞む人物だからこそ偉人たり得たわけで・・・。
偉人の偉人たるべく悪の強さは描かれず、偉人たるもの万人から尊敬されるような聖人君子に描かれることが、かえってその人物の魅力を削いでいるということを、制作者は早く気づいて欲しいです。

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