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花燃ゆ 第10話「躍動!松下村塾」 ~長州藩の二大政党制~

 今話は松下村塾四天王のひとり、吉田稔麿を主役とした話でしたね。どうやら、しばらくは塾生の一人にスポットをあてて物語を展開していくようです。ドラマでは地味で平凡なキャラに描かれていましたが、その秀才ぶりは高杉晋作久坂玄瑞に勝るとも劣らないもので、謹直重厚な人物だったといわれます。晋作や玄瑞と同じく明治維新を見ることなくこの世を去ることになるのですが、同じ塾生で明治の元勲になった品川弥二郎に言わせると、「稔麿が生きていたら総理大臣になっただろう」と語ったといいます。に恋心を抱いていたというのは、もちろんドラマの創作ですけどね。もっとも、杉家と吉田家は徒歩数分という近さだったそうですから、幼い頃から顔見知りではあったでしょうけどね。

 そんな稔麿の江戸行き祝の酒席に、酔った周布政之助長井雅楽が乱入していましたが、ここで、長州藩の政治について少しふれてみたいと思います。

 政論好きで理屈っぽいと言われていたのが長州藩ですが、その藩風は、早くから二大政党が存在したことにあると言われています。この物語の舞台より30年ほど前に藩政の実権を握った村田清風という人物は、その卓越した政治的識見と実行力で徹底的な藩政改革を行い、財政、軍事、学制などを一変させました。清風が改革に乗り出すまで、長州藩は慢性的な借財に苦しみ破産寸前だったといいますが、清風はあらゆる荒療治でこの財政難を数年で立て直したといいます。

 しかし、急速な改革は当然ながら抵抗勢力を生み、やがて大勢の恨みを買って清風は失脚します。すると今度は、清風の反動政治家的な立場の坪井九右衛門という人物が藩政を担い、清風が行った改革事業の多くを元に戻してしまいます。それで問題が生じると、また清風系の官僚が起用されて再改革に着手します。そんなこんなで、自然、長州藩は、村田清風を祖とした革新派(正義党と、坪井九右衛門を祖とする保守派(俗論党)の両党ができ、二大政党が抗争しながら繰り返し政権交代していくという、現代のアメリカ議会のような形ができます。今の日本ですら、なかなか二大政党制が確立しないことを思えば、当時の長州はかなり進んでいたといえるでしょうか。のちの初代内閣総理大臣・伊藤博文から、現在の安倍晋三首相まで、実に8人もの総理大臣を出した山口県の県民性は、この時代の藩風からきているのかもしれません。

 で、物語のこの時期、その村田清風の流れを受けた革新派の党首が周布政之助で、一方の保守派の党首が、松蔭と松下村塾に冷たい椋梨藤太となっています。椋梨は坪井のあとを受けて政務を担っていましたが、嘉永6年(1853年)の黒船来航によって改革派の周布が政務役筆頭となり、政権を奪取します。しかし、吉田松蔭黒船密航事件が起きるや、翌年に政務役を辞任。ドラマのこの時期は、椋梨率いる保守派が与党、周布の改革派は野党でした。その後も政権交代を繰り返しながら、やがて改革派が尊王派となり、保守派が佐幕派となっていきます。

 歴史の結果を知っている後世の私たちは、高杉晋作や桂小五郎を重用した周布の方が正しく、彼らを弾圧しようとした椋梨をダークなイメージで見がちですが(ドラマでも、そのように描かれていますが)、実際には、それぞれの政治的立場での政論に則った行いであり、この時点では、どちらが正しいというものではなかったわけです。何より、この時代の彼らの政権交代というのは、そのままを意味する場合もあり、実際に椋梨も周布も、こののちの政局の中で、二人とも命を失うことになります。文字通り、命を賭けた政治だったわけです。その意味では、現代の政治家とは比べものになりませんね。2年前、政権を奪還した安倍晋三首相は、坪井九右衛門と血縁にあたります。アベノミクスに命を賭けているか・・・ぜひ聞いてみたいものです。


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by sakanoueno-kumo | 2015-03-09 21:32 | 花燃ゆ | Trackback(1) | Comments(0)

 

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