人気ブログランキング |

花燃ゆ 第34話「薩長同盟!」 その1

 長州藩正義党の革命から薩長同盟成立まで、本話で一気に1年も話が進んじゃいましたね。そこで本稿では、その間の流れを足早に解説します。

 高杉晋作ら反乱軍のクーデターが成功し、元治2年(1865年)1月27日、藩主・毛利敬親は藩政改革を約束します。こうして長州藩の政権は再び正義党が握るのですが、かつての正義党政権のときと根本的に違うのは、中心人物たちが「攘夷」という思想を捨てていたことでした。とくに、彼らを牽引する立場の高杉晋作が、率先して開国論を唱えはじめ、下関の開港を推し進めようとしたため、攘夷・俗論両派から命を狙われます。そんなわけで晋作は、一時、愛妾のおうのと共に、四国へ身をくらませていました。

 同時に新政権は、武装恭順という藩是を掲げます。武装恭順とは、表向きは幕府への恭順を装いながら戦闘準備をすすめるということで、いずれ幕府とやり合わなければならないと覚悟を決めた政策です。そこで長州藩は、兵力の近代化をはかるため、大村益次郎を起用して軍制改革を任せ、水面下で軍事力の強化をはかります。しかし、そうした長州藩の動きを、幕府がだまって見過ごしているわけはありません。長州藩内の政局を敏感に察知した幕府は、再び長州征伐軍を編成すべく、将軍・徳川家茂が大阪に入ります。元号を元治から慶応に改めた5月のことでした。

 ところが、2回目の長州征伐の号令に対して、薩摩藩が出兵を拒否します。その理由は、「このたびの長州再征は幕府と長州の私闘である」というものでしたが、実は水面下で薩摩藩と長州藩の手を握らせようという勢力が働き始めていました。その中心となっていたのが、土佐藩士の中岡慎太郎土方楠左衛門、そして坂本龍馬でした。ドラマでは龍馬ひとりが働いていたかのようでしたが、薩長同盟の構想に向けて最初に動き出したのは、中岡と土方でした。龍馬は、土方から構想を聞き、途中から協力することになります。

 5月、三条実美ら五卿に拝謁するため筑前太宰府を訪れていた龍馬は、たまたま密使として太宰府に来ていた長州藩士・塩間鉄蔵と名乗る人物に会います。この人物は、このとき変名を使っていた小田村伊之助でした。あまり知られていませんが、龍馬がはじめて長州藩士に薩長同盟の構想を語ったのが、このときの伊之助だったという説があります。伊之助は龍馬の話に強い関心を抱き、桂小五郎宛に龍馬との面会を勧める手紙を送っています。龍馬関係の物語などでは、龍馬と小五郎は若き日の剣術修行の頃からの旧知の仲で、薩長同盟時にもふたりの友情関係が大いに役だったように描かれることが多いですが、実際には、江戸で剣術修行をしていた時期も異なり、ふたりが知り合いだったことを裏付ける史料は存在しません。あるいは、このとき初めて知り合ったのかもしれません。

 桂と面会した龍馬は、土方とともに3日がかりで説得を重ねます。一方、薩摩には中岡が赴き、西郷吉之助を説得していました。そして同年閏5月21日、下関で西郷と桂の会談が行われる手筈が整います。ところが、約束の日に現れたのは、中岡ひとりでした。聞けば、実は下関港まで一緒に来たものの、突如京都にいる大久保一蔵から「至急上京すべし」との一報が入り、約束をほっぽっていっちゃった、とのこと。これには温厚篤実な桂も激怒。中岡と土方が構想した薩長同盟は暗礁に乗り上げてしまいます。

やはり1年分の話を1稿でまとめるのは無理でした。
続きは明日にします。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓


by sakanoueno-kumo | 2015-08-24 23:32 | 花燃ゆ | Comments(0)  

<< 花燃ゆ 第34話「薩長同盟!」... 大坂の陣400年記念大坂城攻め... >>