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花燃ゆ 総評

2015年の大河ドラマ『花燃ゆ』の全50話が終わりました。今年も、なんとか全話レビューを起稿することが出来て安堵しているところですが、最後に、あらためて本作品を総括してみたいと思います。

 大河ドラマ史上最もマイナーな人物といってもいい楫取美和子(杉文)を主人公とした物語で、当初、「幕末のホームドラマ」「幕末の学園ドラマ」「幕末男子の育て方」などといったポップなキャッチフレーズを掲げていたため、放送前からコアな大河ファンより批判的な声が多く上がっていた同作品でしたが、わたしは、なるべく先入観を持たずに、出来るだけドラマを楽しもうと思って視聴してきました。わたしの好きな幕末維新モノであり、しかも長州目線での幕末モノとなると、昭和52年(1977年)の『花神』以来38年ぶりのことで、吉田松陰松下村塾の門下生たちがどのように描かれるか、たいへん楽しみでした。

 で、全話を観終えての感想を率直にいえば、「しんどかったなぁ」というのが正直なところです。やっぱ、マイナーすぎる主人公では無理があったのか・・・。わたしは、同じくマイナーな女性を描いた一昨年の作品『八重の桜』の総評の稿で(参照:八重の桜 総評)、主人公の有名無名は関係ない、どれだけ主人公の魅力を引き出せるかが重要で、『八重の桜』は、史実を丁寧に描くあまり、主人公・八重の存在感が薄かったと述べました。もっと、主人公を前に出すべきだと・・・。まさか、NHKさんがわたしのような素人の声を拾ったとは思えませんが、『花燃ゆ』では、その声を聞いてくれたかのように、主人公である美和子(文)が前に出てきました。そうすると、こういう描き方になっちゃうんですね・・・難しいところです。

 わたしは、視聴率も含めて世間で酷評されるほど酷い作品だったとは思っていません。少なくとも、近年の作品でいえば『天地人』『龍馬伝』『江~姫たちの戦国』などよりは、はるかに良かったと思っています。とくに前半、松蔭が生きていたときはたいへん面白かった。吉田松陰という人がここまでフィーチャーされたのは、先述した『花神』以来だったんじゃないでしょうか? 松蔭の死後、少し物足りなくなった感がありましたが、それでも、久坂玄瑞高杉晋作を中心に、他の幕末作品では省かれてしまう長州藩内の政局を丁寧に描いていましたし、周布政之助椋梨藤太など、他の作品ではあまり描かれない人物にもスポットがあてられ、新鮮でした。でも、それらの人物たちがすべてこの世を去ったあたりから役者不足の感は否めず、「奥御殿編」に入って、ぜんぜん面白くなくなっちゃいました。あそこ、いりましたか?

 「幕末の学園ドラマ」という当初のキャッチフレーズに批判的な声が多かったと思いますが、わたしは、できればそれを最後まで貫いてほしかったと思います。長州藩には、吉田松陰、高杉晋作、久坂玄瑞など、知名度も人気も高い幕末の志士がたくさんいますが、そのほとんどが、大河ドラマの主役にはなり得ない。なぜなら、彼らは皆、維新を迎えずして早世してしまうからです。たとえば戦国モノでいえば、一番人気の人物は織田信長ですが、物語として人気なのは徳川家康。なぜなら、戦国時代の終わりまですべて描けるからです。高杉晋作がいくら人気が高くても、歴史はここから面白くなるというところで死んじゃいますから、大河ドラマの主役にするのは難しいんですね。その意味で、わたしは松蔭の妹である美和子(文)が選ばれたのだと思っていました。彼女の目線で、松下村塾の門下生たちを描いていくドラマなんだと。だから、「幕末の学園ドラマ」大いに結構じゃないか、と思っていたんですね。

 ところが、高杉晋作の死去とともに松下村塾の火は消えたかのごとく、奥御殿でのくだらない女の確執物語や、世話係となった興丸の偏食の話など、世の中は幕末から明治へと移りゆく激動の時代のなか、どうでもいい話ばかりがしばらく続き、一気に覚めてしまいました。たしかに、美和子(文)は一時期、奥女中として銀姫に仕えていたことは事実で、そこをスルーするわけにはいかなかったでしょうが、それまでの物語とまったく異質な設定になってしまい、何が描きたかったのかよくわからなくなった。テーマがブレ始めたように思えました。大奥を描いた作品でいえば『篤姫』がありますが、あれが成功したのは、最初から最後まで一貫して大奥の話だったからです。今回の物語の場合、奥女中の話はある一時期のエピソードに過ぎず、とくに重要なポイントではないはず。兄・松蔭を敬慕していた美和子(文)が、維新後も、消えることのない松下村塾の火を見守り続けるという物語が見たかった。その意味では、晋作の死後も、役者は落ちるかもしれませんが、前原誠司、伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎など、松蔭門下生は多く残っていました。「幕末の学園ドラマ」「幕末男子の育て方」というならば、美和子(文)の目線を通した彼らをもっと描いてほしかったと思います。率直なところ、ストーリーに一貫性がなかった

 ひとつ疑問なのは、今回、大河オリジナル作品にも関らず、脚本家がコロコロ変わりましたよね。しかも、最初の方を書いていた大島里美さんと宮村優子さんは後半ほとんど書いてなくて、後半は金子ありささんと小松江里子さんにバトンタッチ。大河で脚本家が途中で変わるなんて、過去なかったんじゃないですか? これが結局、ストーリーに一貫性を欠く要因になったんじゃないでしょうか? はっきりいって、後半は迷走感ありありでした。もしそれが、低視聴率が原因のテコ入れだったのなら、それこそ、火に油を注いだだけの大失策だと思います。

 あと、物語終盤の主役といっていい楫取素彦という人についてですが、正直、わたしはこのドラマの制作発表までこの人のことをまったく知らず、にわかに関連本を読んで予習したのですが、実に有能な人だったんですね。たいへん勉強になりましたが、ただ、大河の準主役的人物かといえば、やはり地味ですよね。このドラマが、吉田松陰、久坂玄瑞、高杉晋作、楫取素彦の四部作だとすれば、明らかに四部目は、格落ちかな・・・と。演じた俳優さんは一番格上ですけどね。一昨年の『八重の桜』のときにも思ったことですが、幕末と明治に入ってからでは、どうも話がスケールダウンした感が否めない。楫取素彦という素晴らしい地方官がいたということは勉強になりましたが、物語としては、一地方史になり下がってしまった気がして、群馬県の人以外は、イマイチ入り込めなかったんじゃないでしょうか? これも難しいところです。

 それからキャスティングについてですが、主役の井上真央さんについては、何も文句はありません。12~3歳から40歳過ぎまでの美和子(文)の生涯を、実に上手く演じられていたと思います。主役の役者さんというのは、作品の評価をもろに受けますから、少々気の毒ですね。楫取素彦役の大沢たかおさんはさすがの存在感でしたし、高杉晋作役の高良健吾さんや、久坂玄瑞役の東出昌大さんは、最初は「う~ん!ちょっとイメージ違うよなぁ・・・」といった感想だったのですが、回を追うごとに高杉や久坂に見えてきたから不思議です。俳優さんが役に入っていくのか、役が俳優さんに乗り移っていくのか、わたしら素人にはよくわかりませんが、その意味では、今回もっとも良かったのは、やはり吉田松陰役の伊勢谷友介さんでした。最初は、ちょっと「カッコ良すぎるんじゃない?」と思っていましたが、最後の方は、ほとんど憑依しているとしか思えなかった。獄舎で正座する姿は、松蔭の肖像画そのものでした。俳優さんってスゴイですね。あと、毎回1人は出ている大河主役経験者ですが、今回は北大路欣也さん、松坂慶子さん、三田佳子さんと三人も出ていましたね。やはり、大河の主役を演じた方は、存在感があります。井上真央さんも、将来きっとそうなるんじゃないでしょうか?

 最後に、歴代ワーストタイなどと酷評される低視聴率についてですが、わたしは、これについては特に問題視していません。たしかに、ドラマがエンターテイメントである以上、視聴率をひとつの指標として評価することは間違っていないと思いますが、高視聴率=名作低視聴率=駄作というレッテルの貼り方は、いささか短絡的すぎるのではないかと思っています。実際、先述した『花神』は、当時の視聴率でいえばかなり悪かった作品でしたが、大河ファンに名作大河のアンケートを取ると、いつも上位にあがる作品です。NHKは民放と違って、スポンサーや視聴者に媚びることなく作品づくりに臨めるところに良さがあると思います。だから、視聴率の悪さをネタに批判したくはないんですよね。

 ただ、もうひとつの伝統あるNHKドラマの朝ドラの方は、ずっと高視聴率の作品が続いていますよね。じゃあ、朝ドラの方は大河に比べていい作品を世に出しているかといえば、特に違いはないと思います。では、何が違うのか。それはたぶん、朝ドラの方は、ターゲットがブレてないからじゃないでしょうか? 朝ドラのターゲットは言うまでもなく主婦層で、まずはその軸がしっかりしているから、大きくはずさない。で、その中でもいい作品になると、わたしのようなオジサンまでもがハマっちゃうこともあります。

 大河ドラマの元々のターゲットは、歴史好きのオジサン層だったはず。もちろん、それ以外の若い人や女性にも観て欲しいという思いはあって然りですが、そこにターゲットを広げたあまり、従来のターゲットであったはずのコアなファンたちが離れていってしまった・・・。というのが、昨今の大河ドラマの状況だと思います。昨年の『軍師官兵衛』なんて、往年の大河作品を彷彿させる王道の作品だったと思いますが、今年また、女性目線の作品に戻ってしまい、作風に一貫性がない。ターゲットが絞れてない。これでは、結局すべての層から支持されなくなるんじゃないでしょうか? もし、この『花燃ゆ』が朝ドラだったら、きっと大ヒットしてたと思いますよ。でも、日曜夜8時には合わなかった。それが、低視聴率のいちばんの理由だと思います。

 気がつけば、ずいぶんと長文になっていました。いささか勝手なことばかり述べてまいりましたが、大河ドラマを愛する者のひとつの意見として捉えていただければ幸いです。この辺りで総評の稿を終わりにしますね。毎週のぞきにきていただいた方々、時折訪ねてきてくれた方々、コメントをくださった方々、本稿で初めてアクセスいただいた方々、どなたさまも本当にありがとうございました。

1年間の主要参考書籍
『杉文と楫取素彦の生涯』 大野富次
『吉田松陰と文の謎』 川口素生
『幕末史』 半藤一利
『もう一つの「幕末史」』 半藤一利
『日本の歴史19~開国と攘夷』 小西四郎
『日本の歴史20~明治維新』 井上清
『明治という国家』 司馬遼太郎
『幕末維新のこと』 司馬遼太郎
『明治維新のこと』 司馬遼太郎
『幕末』 司馬遼太郎
『世に棲む日日』 司馬遼太郎
『花神』 司馬遼太郎


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by sakanoueno-kumo | 2015-12-16 00:01 | 花燃ゆ | Comments(5)  

Commented by フシ鳥 at 2015-12-19 09:36 x
今年も一年間お疲れさまでした&ありがとうございました。
長州目線の幕末は心躍る楽しいドラマなんですけどね。松陰の妹を取り上げたところはすばらしいなと思ったんですが。やっぱりおっしゃる通りテーマに一貫性がなかったのがいけませんでしたよね。
文が松陰を敬愛し、その志を受け継いでいく姿をもっと見たかったです。どういうわけか文は松陰や弟子たちの暴走にいちいち疑問を呈する態度を取ってましたしいったい何を描きたいんだろうという感じでした。
まあ来年に期待ですかね!
Commented by sakanoueno-kumo at 2015-12-19 23:14
< フシ鳥さん

コメントありがとうございます。
はっきり言って、放送前はあまり期待していなかったのですが、第1話を観て、意外に良くて、これは結構いいかも・・・と期待したんですけどね。
禁書の「海防臆測」をめぐって、寅次郎と伊之助の心が通じあって、人は何のために学ぶのか?・・・とか、何を志すのか?・・・とか、テーマといえる布石がたくさん盛り込まれてて・・・。
でも、結局それらの布石は散らかしっぱなしのまま終わちゃった感じです。
何のための「学園ドラマ」だったのかなぁと。
脚本家が4人も変わるようじゃ、布石を拾うことはできないでしょうね。
Commented by 大河ファン at 2016-01-12 00:31 x
龍馬伝を天地人やシエ(江)などと一緒にしないでください。
あの2大駄作と意欲作を一緒にされるのは不愉快です。
Commented by 大河ファン at 2016-01-12 00:35 x
あと花燃ゆが朝ドラならヒットしていたなんてよく言えますね?
遠回しに朝ドラを馬鹿にするのは止めたらどうですか?
どうしようもない作品はどう足掻いても受け入られませんよ。

視聴率が振るわなかった平清盛が最後まで見た人に概ね高評価なのに対して花燃ゆは概ね不評なのがその良い例でしょうに。
Commented by sakanoueno-kumo at 2016-01-12 18:10
> 大河ファンさん

それはそれぞれの見方でしょう。
坂本龍馬が大好きで、坂本龍馬の作品はほとんど観てるわたしとしては、『龍馬伝』で描かれていた虚像と虚構まみれの龍馬像は最悪です。
あんな、心優しくて友だち思いな聖人君子は、わたしの思う龍馬の魅力とかけ離れています。
その意味では、『天地人』での直江兼続と同じ。
どんだけいい人やねん!・・・と、ウンザリしました。
意欲作?
たしかに、セットや映像技術などはそれまでの大河を一新した革新的なものでしたけどね。
脚本は最悪でした。

それと、『江』のことを「シエ」と揶揄されていますが、たぶん、いまは閉じてしまったブログの崇拝者の方だと思いますが、申し訳ないが、わたしの大ッ嫌いなブログだったので、その言葉を聞くと胸糞悪くなります。
あなた方が大河を批判するときにこぞって言う「現代価値観で歴史ドラマを描くな」という観点でいえば、『龍馬伝』こそ現代価値観の巣窟でしたよ。
もっと、勉強してから批判してください。

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