人気ブログランキング |

真田丸 第4話「挑戦」 ~織田信長に臣従した真田昌幸~

 武田氏を滅ぼした織田信長は、旧武田領に戦で功のあった配下の者を配置しました。甲斐国には河尻秀隆、駿河国には徳川家康、上野国には滝川一益、そして信濃国は、森長可、毛利長秀、木曽義昌、河尻秀隆、滝川一益の5人に分け与えられました。真田家の支配していた小県郡も例外ではなく、滝川一益の傘下に入ることになります。


 「これもひとつの戦である。父の戦いぶりをしかと目に焼き付けておけ!」

e0158128_21171200.jpg ドラマでは、そう言って信長との対面に臨んだ真田昌幸でしたが、実際に昌幸と信長が対面したかどうかは定かではありません。というのも、真田家が織田家の傘下に入ってから、わずか3ヶ月で「本能寺の変」が起こっていますからね。実際には、織田家の代官として東国取次を任されていた滝川一益を介しての臣下の礼をとっただけで、信長に会う機会はなかったんじゃないでしょうか。ただ、昌幸は織田家に従属する証として娘を人質に送り、信長の好みそうな黒芦毛の馬を送ったというのは事実のようで、本能寺の変の約2ヶ月前の4月8日付で信長が昌幸に送った礼状が残されているそうです。この逸話は、池波正太郎『真田太平記』をはじめ、多くの物語で採用されています。


 ドラマのフィクションとはいえ、昌幸の信長謁見のシーンは見応えがありましたね。上杉、織田の両方に宛てた手紙を手に、真田の二心を糾弾する織田信忠。しかし、もともとは昌幸が仕組んだシナリオだけに、思惑通りの展開に動じることなく、自分たちの留守中に上杉を牽制するための方便であると説明。そして、


 「乱世を生き抜くにはかような知恵も欠かせませぬ。四方を力のある国に囲まれた我らのようなか弱き国衆はそこまで慎重にならねばならんのです。・・・しかるに、そのような大事な文が上杉に届かずここにあるということは、我が真田家にとってゆゆしき事態でござる。かくなる上は、信長公には上杉から我らを守り抜いていただかなくては、これは困りますぞ。」


 自分で仕組んでおきながら、なんとも図々しい話です(笑)。信忠と昌幸の役者の違いが十分に描かれていたシーンでしたが、役者でいえば、ほぼ互角といえる家康は、昌幸のシナリオを見抜いていた・・・と。その上で、


家康「実はこのあと、上杉の家臣・直江兼続と会うことになっておりまする。別の間に控えさせておるところにござる。というわけで安房守殿。今、ここに直江を呼び出してちと尋ねてみてもよろしいかな?」

昌幸「何を?」

家康「真田殿に誘いの文を出したのがまことか否か、確かめたい。」

昌幸「確かめたければ確かめるがよろしい。」

家康「しらを切った上で嘘と分かれば赦されませぬぞ。」

昌幸「このような場で偽りなど、あってはならぬことであろう。」


偽りなどあってはならぬというのは、自身の偽手紙のことか、あるいは、別室に直江兼続がいるといった家康の脅しか・・・。互いの腹の中を探りながらの睨み合いは、手に汗握るシーンでしたね。まさに、これもひとつの戦でした。


 そして最後に現れた信長との対面は、家康とのあいだで見せたかけひきなどありません。

「真田安房守か・・・よき面構えじゃ。」

 さすがの昌幸も圧倒されます。ここでは逆に、信長と昌幸の格の違いを魅せつけられました。見事な脚本、演出でしたね。This is 大河”です。


 本能寺の変までのプロセスは、ただ、ワンシーンだけ。

「おぬしが何をしたのじゃ!もう一度申してみよ!申してみよ!」

戦国好きなら、そして大河ドラマファンなら、何度も繰り返し観てきたシーンで、この台詞だけですべてが伝わります。視聴者を信頼した憎い演出ですね。いや~、今話は魅せられっぱなしでした。


 「敵は本能寺にあり!」

天正10年(1582年)6月2日、本能寺の変勃発。第4話にして本能寺の変とは、大河ドラマ史上もっとも早い本能寺の変ではないでしょうか?これを機に時代は大きく動き、真田家も、その渦の中に巻き込まれていきます。



ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓


by sakanoueno-kumo | 2016-02-01 21:19 | 真田丸 | Comments(2)  

Commented by 50代の歴史好きなおっさん at 2016-02-03 09:46 x
「This is大河」まさにおっしゃるとおりです。
今年は安心して観ております。実際は信長と昌幸は会っていないと思われますが、多くの歴史愛好家が納得するこのようなうフィクションは大歓迎です。合姫が清洲会議に同席してたり、濃姫が信長に政治の話をしたりするようなのはフィクションではなく現代ホームドラマですね。
遅くなりましたが、今年も明快な解説よろしくお願いします。
Commented by sakanoueno-kumo at 2016-02-03 16:14
> 50代の歴史好きなおっさんさん

< 多くの歴史愛好家が納得するこのようなうフィクションは大歓迎

おっしゃるとおりで、史実史実と揚げ足をとるような批判は、わたしは出来るだけしたくないと思っています。
物語である以上、フィクションは不可欠ですからね。
ただ、事実は小説よりも奇なりというように、史実より面白いフィクションというのは、なかなか作れないものだとも思います。
そこは作家さんの腕の見せどころともいえますが、やはり、歴史認識、時代考証をしっかりと行ったうえでのフィクションでないと、いいものは出来ないでしょうね。
その点、三谷さんはぬかりないんじゃないかと。
まだまだ始まったばかりですが、今年はいい作品になりそうな気がします。

<< 清原和博容疑者の逮捕に見る、「... 白鷺の天守閣がよみがえった姫路... >>