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真田丸 第7話「奪回」 ~真田家と滝川家の縁~

今話は「神流川の戦い」「天正壬午の乱」かけてでしたね。ドラマでは、滝川一益北条氏政と戦っている隙をついて、真田昌幸が上野国の沼田城岩櫃城を奪回するという設定でしたが、わたしが知る説では、少なくとも沼田城は、滝川一益とその甥・滝川義太夫の英断によって昌幸に返還されるという経緯だったように思います。以下、わたしの知る説を解説します。

e0158128_22232693.jpg 織田信長横死の知らせを受けた滝川一益は、上野国の主だった諸将を収集し、さっそく明智光秀討伐に向かうことを表明するとともに、各々に城を返還すると伝えます。すなわち、上州を織田軍進出以前のかたちに戻すということですね。一益にしてみれば、こうなった以上、上州の支配など無理なことで、それよりも、一刻も早く本国に戻って明智を討つ準備がしたかったのでしょう。そのためには、無駄な争いは出来るだけ避けて、城を返還するのが最も良いと考えたのでしょうね。一益のその潔さに、上州の諸将たちは好感を持ちます。

 というわけで、当然のことながら、沼田城も真田家に返還されることになりますが、ところが、これに意義を申し立てたのが藤田信吉でした。藤田はかつて北条氏の傘下で沼田城の城代を務めていましたが、武田氏の家臣だった頃の真田昌幸に調略され、5700貫の所領と引き換えに沼田城を引き渡していました。藤田の主張としては、元に戻すというなら、その権利は自分にあるといいます。

 この申し出を受けた滝川義太夫は、叔父の一益に相談。そして、沼田城は武田氏滅亡時に真田家が保持していた城で、真田家から織田家に進呈された経緯からみれば、真田家に返すのが筋であると、藤田の申し出を退けます。昌幸にしてみれば、一益様様と思ったことでしょう。その後、納得がいかない藤田は沼田城を襲撃しますが、一益率いる2万の兵に討って返され、泣く泣く上杉氏に亡命しました。こうして、昌幸は沼田城を回復するに至ります。

 わたしが知る沼田城回復の経緯はこんなストーリーなんですが、ドラマでは違ってましたね。そういう説もあるのかなぁとネットで調べてみると、たしかにWikipediaでは、

「6月19日、北条氏直が上野に侵攻し、滝川一益を破った(神流川の戦い)。この時、昌幸は滝川一益を諏訪まで送り届けた。昌幸は滝川一益がいなくなり上野も無主になると、6月21日に叔父の矢沢頼綱を送り込んで沼田城を奪回した。また、嫡男の信幸を岩櫃城に送って上野方面の守備を固めた。」

 とあります。これ、ドラマのとおりですね。どっちが正解なんでしょう?

 神流川の戦いに破れた滝川一益は、上野国衆の人質を盾に上野を脱出し、信濃国の小諸城にたどり着きます。このときの人質の中に、昌幸の老母と、そして最近の研究では、次男の弁丸(のちの真田信繁)がいたことがわかっています。きりはいません(笑)。でもまあ、老母の世話をする侍女はいたかもしれませんね。一益は、さらに諏方、木曽を通過しなければ領国・伊勢に帰ることができないのですが、木曽郡の木曽義昌が通行を拒否してきます。そこで一益は、佐久・小県郡の武士からとった人質と引き換えに領内の通行を認めてもらうよう提案し、これが見事に成功します。そのなかに、昌幸の老母と信繁がいました。またまた、きりはいません(笑)。

 義昌は佐久・小県郡の人質を確保することで、これを利用して信濃制圧を企んでいました。おばばさまに「宗太郎」と呼ばれてビンタされていましたが、もちろんそんな事実はありません。義昌自身、武田氏に反旗を翻した際には、人質に出していた母と娘と息子を殺されるという悲劇に遭っていますから、場合によっては、人質の命を奪うことも辞さなかったでしょう。一益にしても義昌にしても、人質の有効活用は生きる手段でした。

 余談ですが、滝川家はのちに没落しますが、一益の長男・一忠は一時、真田昌幸のもとに身を寄せます。昌幸はこれを庇護し、一忠の子・一積に昌幸の五女を娶せました。一積は関ヶ原の戦いの後、徳川家の旗本になりますが、大坂の陣のあと、義兄にあたる真田信繁の四女・あぐりを養女とし、伊予松山藩蒲生家家老・蒲生郷喜に嫁がせました。真田家から受けた恩義を忘れていなかったのでしょうね。しかし、それが徳川幕府の知るところとなり、一積は改易となり、松代藩主となっていた真田信之(信幸)のもとに身を寄せたといいます。そして、その一積の息子・一明も、真田一族の女性を娶ったそうです。この長い真田家と滝川家の深い縁は、昌幸と一益のこのときの縁によるものといえるでしょう。



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by sakanoueno-kumo | 2016-02-22 22:19 | 真田丸 | Comments(2)  

Commented by heitaroh at 2016-02-24 17:50
大変、ご無沙汰しました。
(こちらでは)

>おばばさまに「宗太郎」と呼ばれてビンタされ

私はこのシーンを見ていて、まあ、三谷演出なのでしょうが、昭和の大河ドラマでは絶対にこういう展開にはならなかっただろうなということを思いました。
仮に知り合いであったとしても、頭からああいうふうに子供扱いはなく、立場に配慮しながらという展開になっただろうなと。
まあ、今は今で、昔のままにやったら皆、言葉すらわからないのですから、ああなるのをひているするつもりはないのですが、最近、CSで往年の大河ドラマと真田太平記をやっているもので、どうしても・・・。
Commented by sakanoueno-kumo at 2016-02-25 04:15
> heitarohさん

おっしゃりたいことはわかります。
あのシーンはちょっといただけなかったですね。
正直、いまは昌幸の独壇場ですから、信繁を無理に動かそうとすると、現代劇になっちゃうんでしょうね。
真田家を描くには、前半は昌幸が主役、後半は信之、信繁を主役にするような設定じゃないと、難しいのでしょう。
オババのビンタのシーンもそうですが、信繁ときりのラブコメシーンも不要かな・・・と。

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