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山崎合戦のまちを歩く。 その1 「天王山登山口」

「ここが勝負の天王山」という言葉がありますよね。

ここ一番の勝負どころのことを「天王山」と表現して、スポーツの実況放送などでよく使われていますが、このたとえの由来が、羽柴(豊臣)秀吉明智光秀が激突した山崎合戦であることは周知のところだと思います。

「本能寺の変」で主君の織田信長を討った光秀が、備中高松城から猛スピードで帰ってきた秀吉に討たれた戦いで、この敗北によって、いわゆる「光秀の三日天下」となってしまったわけですね。

一方の秀吉は、この戦いを制したことで一気に天下人への階段を上ることになるのですが、この山崎の戦いを有利にすすめるうえでの要所となったのが、山崎地区にある標高270.4mの天王山だったことから、勝負のヤマ場のことを「天王山」と言うようになりました。


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天王山は、現在の京都府大阪府府境に位置しますが、その昔も、山城国摂津国国境でした。

関西の人にとっては、名神高速道路の天王山トンネルとして耳馴染みの地名だと思いますが、実はわたし、関西に住む歴史好きを自称しながら、これまで天王山を訪れたことがなかったんです。

で、過日、思い立って天王山を登ってみました。


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JR山崎駅を降りて北へ向かいます。

歴史的に有名な山崎という地名ですが、駅は小さくてローカル感いっぱいです。

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駅前には、秀吉のシンボル「千成瓢箪」の馬印をデザインしたオブジェがあります。


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周辺観光マップです。

左端にサントリー山崎蒸溜所という場所がありますが、洋酒の好きな方はご存知だと思いますが、ここ山崎はサントリーウイスキー「山崎」の発祥の地でもあります。


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踏切の向こうに見えるのが登山口です。

前のリュックを背負った外国人のお姉さんも、天王山の登山客でした。


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登山口です。

写真では伝わりにくいかもしれませんが、かなりの急勾配です。


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「歴史街道百選」だそうです。


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「天下分け目の天王山」って、「天下分け目の関が原」と混同してません?

たしかに山崎合戦は歴史のターニングポイントではありますが、「天下分け目」という表現はちょっと違うような・・・。

やっぱ、「ここが勝負の天王山」のほうがニュアンス的にしっくりきますよね。


次回へ続きます。



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by sakanoueno-kumo | 2016-06-08 23:43 | 山崎合戦ゆかりの地 | Comments(0)  

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