おんな城主 直虎 第13話「城主はつらいよ」 ~地頭・井伊直虎~
かくして井伊家の家督を相続し、幼い虎松(のちの井伊直政)が成長するまでのあいだ、執務をとることとなった次郎法師あらため井伊直虎ですが、具体的にいつ家督を継承したかはわかっていません。その目安となる史料としては、地頭として直虎が龍潭寺の南渓瑞聞和尚に宛てた寄進状が残されており、永禄8年(1565年)9月15日付けとなっていることから、おそらくその数ヶ月前と考えられています。
直虎が地頭になった経緯を、『井伊家伝記』はこう伝えます。
「中野信濃守井伊保を預り仕置成され候跡に、討死の後は地頭職も之れ無く候。之に依り、直盛公後室と南渓和尚相談にて次郎法師を地頭と相定め、直政公の後見を成され、御家を相続成さる可き旨ご相談にて、次郎法師を地頭と定め申し候。(瀬戸保久に下され候家康公の御判物に、地頭次郎法師とこれ有り)其節井伊家御一族、御家門方々にて戦死、直政公御一人殊に御幼年故、井伊家御相続御大切に思召され候也。」
上記()内は注釈で、そこには、井伊家を支えた瀬戸保久(方久)に、のちに徳川家康が与えた判物に「地頭次郎法師」とあったので、この判物が、直虎が地頭職に就いたことを証明している、と伝えています。つまり、それくらい直虎の地頭職就任に関する史料は少ないんですね。
また、井伊家に関する一次史料には、次郎法師が還俗して「直虎」と名乗ったとするものは存在しません。『井伊家伝記』によると、「次郎法師は女こそあれ井伊家惣領に生候間」とあるのみで、「直虎」という名は出てこないんですね。では、「直虎」という名はどこから来たかというと、唯一、蜂前神社に伝わる徳政令に関する文書に「次郎直虎」との署名があるそうで、花押が押されているそうです。花押とは、現代でいうところのサインみたいなもんですね。
歴史上、この直虎の花押以外で女性が花押を使用した例はなく、そのことから、直虎は実は男なんじゃないかという説も根強くあります。最近でも、直虎が男だったのではないかと取れる史料が見つかって話題になっていましたね。ただ、これらの説は井伊家の女性地頭の存在をも否定しているわけではありません。井伊直盛の娘が出家して次郎法師と名乗り、のちに虎松を後見したという記録は複数の史料に記されていることです。つまり、いま疑問符が打たれているのは、次郎法師と直虎は別人なんじゃないか?・・・ということで、次郎法師が女性だったという通説は、いまのところ覆っていません。
ちなみに、「地頭」とは、中学校の日本史でも習ったと思いますが、年貢の徴収権、警察権、裁判権をもった在地領主のことで、戦国時代は、守護の被官となっていました。つまり、井伊家は井伊谷の領主でありながら、地頭として駿河国守護の今川家の被官だったわけです。
さて、今話は地頭となった直虎が領民からの徳政令の願い出を安請け合いしてしまい、右往左往するといった話。「徳政令」とは、債権者・金融業者に対して債権放棄を命じる法令で、簡単にいうと「借金帳消し」の制度です。歴史的には鎌倉時代からある制度で、災害や戦で借金に苦しむ人々を救済する制度です。競馬やパチンコで借金まみれになった人は救ってくれません。ただ、借主がいれば貸主もいるわけで、扱いが難しい制度でもありました。領主となった直虎の領国経営の業績で、最も知られているのがこの徳政令です。ただ、今話のストーリーはすべてドラマの創作。実際には、今川氏真が井伊家の領内に徳政令を発布するものの、直虎は2年間それを抵抗しつづけたという話で、今話はそれにつなげるための伏線と、今後、直虎と深く関わってくるであろう瀬戸方久の顔見せの回ですね。というわけで、徳政令の話は次回に。
by sakanoueno-kumo | 2017-04-03 18:30 | おんな城主 直虎 | Trackback | Comments(2)

「次郎法師が女性だったという通説は覆っていない」との解説が心強かったです。おかげでめげずに大河を温かい目で応援していこうとおもいます。今後徳政令を今川の言うことを聞かずぐだぐだ先延ばしにしながら抵抗してゆくと聞いてます。楽しみです。これからも明快な解説を期待しています。
コメントありがとうございます。
「次郎法師が女性だったという通説は覆っていない」というのは、先日、NHKのBSの「英雄たちの選択」で、磯田道史氏が力説しておられた話の引用です。
同番組で直虎が特集されたとき、直虎が実は男だったんじゃないかという史料が発見さた後で、その経緯をわかりやすく説明したうえで、番組内ではすべて「次郎法師」の呼称で通していました。
つまり、「おんな城主 次郎法師」というタイトルであれば、問題はないわけですね。
まあ、「英雄たちの選択」は、一応学説をベースにした番組ですから、呼称にこだわったのでしょうが、ドラマは直虎のままでいいんじゃないでしょうか?
今年の大河は、わたしもほとんど予備知識がなく、俄勉強で何冊か読んだ本の引用がほとんどですが、よければ今後ともお付き合いください。