太平記を歩く。 その96 「阪本城跡(大倉山公園)」 神戸市中央区
前稿で紹介した廣厳寺のすぐ北に、大倉山公園という市民憩いの場があるのですが、ここに、かつて楠木正成が築いた阪本城があったといわれているそうです。
阪本城が築かれたのは、建武年間(1334年~1338年)だったと考えられているそうですが、詳しいことはわかっていません。
ただ、時期的に見て、「湊川の戦い」に何らかの役割を果たしていたと考えられるでしょうね。
公園は高台になっており、現在は高層の建物によって遮られていますが、かつては海まで広く見渡せていました。
攻防戦にはもってこいの場所といっていいでしょう。
城といっても、たぶん砦のようなものだったでしょうから、あるいは、正成軍は野戦に敗れて阪本城に逃れる途中、このすぐ南の湊川神社か廣厳寺あたりで自刃して果てたのかもしれません。
また、時代は250年ほど進んだ天正8年(1580年)、織田信長に反旗を翻した荒木村重が最後に籠城した「花隈城の戦い」のとき、織田軍の池田恒興がこの地に陣を布いたと伝わります。
時代は違えど、戦の砦となり得る場所は同じだったということですね。「太平記を歩く。」シリーズの、他の稿はこちらから。
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by sakanoueno-kumo | 2017-08-01 23:58 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(0)