おんな城主 直虎 第40回「天正の草履番」 ~日の本一の草履番~

 天正3年(1575年)2月、徳川家康と面会した虎松は、名を家康から与えられた井伊万千代と改め、家康に仕えます。ドラマでは、「井伊」を名乗ることを手放しに喜べないおとわ(井伊直虎・次郎法師)でしたが、武家にとって何よりも屈辱なことは家名を失うことで、家名を失った武家がもっとも望むのは家名再興でした。家康のこのはからいは、井伊一族にとっては何よりのプレゼントだったはずです。


 一方、とんだ思惑違いだったのが養父として虎松を育てた松下源太郎清景でした。松下家は徳川家の家臣で、清景の弟・松下常慶は家康からたいへん目をかけられており、虎松が家康にお目見えできたのは、おそらく清景・常慶兄弟の尽力があってのことだったでしょう。もっとも、実子のいない清景は虎松を後継ぎと考えていたはずで、15歳で虎松を家康に引き合わせたのは、あくまで「松下虎松」として、あわよくば家康に烏帽子親になってもらい、元服させたいとの思惑だったんじゃないでしょうか?


ところが、蓋を開けてみれば、家康は元服どころか「万千代」という幼名を与え、井伊家を再興させてしまいます。これは井伊一族にとっては大きな喜びだったでしょうが、たちまち後継ぎを失った松下家にとっては、お家存続の危機を意味します。いい面の皮ですよね。ドラマでは、寛大な態度で理解を示した清景でしたが、実際には、苦虫を噛み潰す思いだったに違いありません。


 ちなみに、清景はのちに中野直之の次男を養子にし、代々、井伊氏に仕えることになります。


 さて、徳川家の家臣となった万千代ですが、『井伊家伝記』の伝えるところでは、いきなり小姓として三百石を与えられたといいます。しかし、それは後世が家康の人の能力を見抜く慧眼を讃えるために造った話だと見てよさそうで、実際には、草履番だったかどうかはわからないにしても、それほど重用はされていなかったんじゃないでしょうか? かつての地頭とはいえ一度は潰れた家で、しかも、今川方だったわけですからね。家康の正妻で井伊氏の血を引く築山殿の口添えがあったとしても、他の家臣の手前、最初は草履番あたりが妥当だったんじゃないかと。


 もっとも、別の説では、万千代が破竹の勢いで出世していった理由について、万千代は家康の稚児小姓(男色相手)だったんじゃないか、という説があります。戦国時代、名のある武将のほとんどは、15、6歳の美しい少年を男色相手として身辺に仕えさせていたといい、その多くは、草履取りの名目で召し抱えていたことから、男色相手の家来を「小草履取り」と言いました。実際、万千代はたいそう美形だったといいます。その説が本当なら、万千代も、やはり最初は草履取りだったかもしれません。


「井伊万千代、かくなるうえは日の本一の草履番を目指す所存にございます!」.


そう言い放って意地を見せた万千代の奮闘ぶりが描かれた今話でしたが、ここで、ふと、ある言葉を思い出しました。それは、阪急電鉄宝塚歌劇団をはじめとする阪急東宝グループの創業者である小林一三の名言。


「下足番を命じられたら、日本一の下足番になってみろ。そうしたら、誰も君を下足番にしておかぬ。」


木下藤吉郎(のちの豊臣秀吉)が織田信長の草履取りから出世したという故事を下敷きにした言葉だと思いますが、実際、そのとおりですよね。現在の境遇に納得いかなくても、腐らずにそこでできることを目一杯やる。それが「仕事」をするということで、何も考えずに与えられた役目をただこなすだけでは、単なる「作業」に過ぎません。「仕事」とは、「事に仕える」こと。与えられた事柄をより良くするにはどうすべきかを、常に考えながら事に臨むことが「仕事」なんですね。その意味では、藤吉郎も万千代も、最初から「仕事」ができる人物だったのでしょう。



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by sakanoueno-kumo | 2017-10-10 20:12 | おんな城主 直虎 | Trackback(1) | Comments(0)  

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Tracked from Coffee, Ciga.. at 2018-03-12 19:03
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