人気ブログランキング |

太平記を歩く。 その148 「北畠親房の墓」 奈良県五條市

前稿で紹介した賀名生の里の裏山に、南朝方の公卿・北畠親房の墓と伝わる古い墓石があります。


e0158128_23192234.jpg

北畠親房は、当時、学識の高い万里小路宣房吉田定房とともに「後三房」と称された公卿で、後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)の信頼厚く、その第二皇子である世良親王の養育を任されるほどでした。

また、大塔宮護良親王は親房の娘で、親王から見れば親房は義父にあたります。

北畠親房といえば、「大日本ハ神国ナリ」で始まる『神皇正統記』の著者として有名ですね。


e0158128_23192683.jpg

建武の新政下では、鎮守府将軍となった嫡子の北畠顕家と共に義良親王(のちの後村上天皇)を奉じて奥州は陸奥国へ下向し、多賀城を国府として東国経営に努めますが、足利尊氏謀叛によって後醍醐天皇が吉野に落ちると、吉野朝(南朝)の中心人物として伊勢、あるいは陸奥において、京都回復に尽力します。

後醍醐天皇の崩御後は、跡を継いだ後村上天皇(第97代天皇・南朝2代天皇)の帝王学の教科書として、常陸国の小田城で中世二大史論のひとつである『神皇正統記』を著し、それ以外にも、後世に伝わる『職原抄』・『二十一社記』などを著しています。


e0158128_23193093.jpg

正平3年/貞和4年(1348年)に「四條畷の戦い」楠木正行ら南朝方が高師直に敗れると、南朝は賀名生行宮に落ち延びます。

その後、観応の擾乱による混乱で足利尊氏が南朝に降伏して正平一統が成立すると、これに乗じて親房は一時的に京都と鎌倉の奪回にも成功しました。

e0158128_23193500.jpg

しかし、その後、親房の動静を記す史料はなく、2年後の正平9年/文和3年(1354年)4月に賀名生で死去したと伝えられます。

享年62。


e0158128_23223262.jpg

墓所の隅には、「南朝三帝賀名生皇居之地」と刻まれた石碑があります。

その横には見える石碑は「五条高校賀名生分校跡」と刻まれていました。

墓所のある丘の上は、かつて五条高校賀名生分校があったそうです。


e0158128_23253381.jpg


親房の死後、南朝には指導的人物がいなくなり、南朝は衰退への道をたどっていくことになります。




「太平記を歩く。」シリーズの、他の稿はこちらから。

 ↓↓↓

太平記を歩く。


ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓


by sakanoueno-kumo | 2017-10-24 23:55 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(4)  

トラックバックURL : https://signboard.exblog.jp/tb/26131724
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
Commented by mm at 2017-10-25 00:15 x
久しぶりにコメントします。いつも楽しみに拝読しております。太平記シリーズで五條市に来られていますが、五條市内の栄山寺というお寺にも行宮がおかれていた時期があることはご存じでしょうか?wikipediaの「栄山寺」の項目にも、「南朝の後村上・長慶・後亀山天皇の行在所が置かれていた。そのため『栄山寺行宮跡』として国の史跡に指定されている。」とあります。私は個人的にこのお寺が大好きなので、多くの人に知ってもらえたらなあと感じて書き込みました。
Commented by sakanoueno-kumo at 2017-10-25 22:11
> mmさん

コメントありがとうございます。
栄山寺行宮跡、まったく知りませんでした。
結構調べたつもりだったんですけど、わたしのリストには入っていませんでした。
南朝の行宮跡は、賀名生以外にも、住吉行宮、八幡行宮、天野山金剛寺行在所など複数あって、どれも巡ったんですけどね。
栄山寺行宮跡、また今度機会を作って訪れてみたいと思います。
Commented by mm at 2017-10-25 23:12 x
ご返信ありがとうございます。以前、南朝関連の遺跡を廻ってツイッターで発信されていた人がおられたのですが、やはり栄山寺には行っておられなかったんです。ブログ主様も行っておられないので、あまり知られていないのかなあと思っておりました。五條市の観光情報にも行宮址という情報は載っていないのですね…。今気づきました。いつか行ってみてくださいね。
Commented by sakanoueno-kumo at 2017-10-26 18:39
> mmさん

貴重な情報をありがとうございます。
きっと、まだまだ知られていない史跡がたくさんあるんでしょうね。
現在、ブログでは太平記シリーズを続けていますが、関連の史跡めぐりは3ヵ月ほど前にすでに終えていて、いまは別のテーマで史跡めぐりを楽しんでいます。
太平記シリーズも、また、調べなおして続編をやってみようかな、と思ったりしています。

<< 太平記を歩く。 その149 「... おんな城主 直虎 第42話「長... >>