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太平記を歩く。 その158 「天龍寺」 京都市右京区

世界遺産に登録されている京都・嵐山の天龍寺を訪れました。

ここは、暦応2年/延元4年(1339年)に吉野で崩御した後醍醐天皇(第96代天皇・南朝初代天皇)の菩提を弔うために、足利尊氏夢窓疎石を開山として創建したと伝わる大寺院です。


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後醍醐天皇に反旗を翻した尊氏が、なんで菩提を弔う寺院を?・・・と思ってしまいますが、そこは、複雑な心中があったのでしょうね。

尊氏の「尊」は、後醍醐天皇の諱「尊治」から偏諱を受けて改名したもの。

そんな関係にありながら、結果的に敵対する関係になってしまったことで、少なからず胸を痛めていたのかもしれません。

逆賊の誹りを逃れたいという思惑もあったかもしれませんね。

あるいは、天皇が怨霊となって祟りをなすのを恐れたのかもしれません。

そんな尊氏に後醍醐天皇の菩提を弔うことを強く勧めたのは、当時、武家からも尊崇を受けていた禅僧・夢窓疎石だったと伝わります。


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元々この地は、嵯峨天皇(第52代天皇)の后である檀林皇后が開創した檀林寺のあったところで、のちに後嵯峨上皇(第88代天皇)ととその皇子である亀山天皇(第90代天皇)の仙洞御所・亀山殿が営まれた場所です。

後醍醐天皇は、この地で幼少期を過ごしたと伝わります。


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寺号は、当初は年号をとって「暦応資聖禅寺」と称する予定だったそうですが、尊氏の弟・足利直義が、寺の南の大堰川(保津川)に金龍の舞う夢を見たことから「天龍資聖禅寺」と改めたといわれます。


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造営に際して尊氏や光厳上皇(北朝初代天皇)が荘園を寄進しましたが、それでも費用が足りず、直義は夢窓疎石と相談のうえ、元冦以来途絶えていた元との貿易を再開することとし、その利益を造営費用に充てることを計画しました。

これが有名な「天龍寺船」の始まりです。


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庫裏と呼ばれる堂の玄関を入った正面に置かれる達磨図の大衝立。

前管長である平田精耕老師の筆によるもので、大方丈の床の間などに同じ達磨図が見られ、達磨宗である禅を象徴した天龍寺の顔といえるものです。


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こちらは大方丈のなか。

庫裏、大方丈内は自由に見学できるのですが、観光客がいっぱいで、いい写真がありません。


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こちらが、大方丈の西側に広がる曹源池庭園

夢窓疎石作の庭園といわれ、わが国最初の史跡・特別名勝に指定された庭園です。


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そして、平成6年(1994年)、世界文化遺産に登録されました。


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こちらは、境内西北にある多宝殿

ここに、後醍醐天皇の木像が安置されています。


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畳の間には入れませんが、ラッキーなことに撮影禁止ではありませんでした。


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ズームです。

肖像画に似てますね。

いつの時代に作られたものかは、調べがつきませんでした。


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康永2年(1343年)に完成した天龍寺は京都五山の第一位に擬せられ、室町幕府の隆盛とともに最盛期には子院が150を数える巨大寺院にまで成長しますが、その後、度重なる大火に見舞われ、やがて室町幕府の衰退とともに寺運も衰え、応仁の乱によって堂塔伽藍がことごとく焼失すると、しばらく再建もままならない状態が続きます。

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この状況を救ったのが豊臣秀吉で、豊臣政権下で天龍寺は蘇り、その後、徳川政権下でも庇護を受け、江戸時代中期にはかつての隆盛を取り戻すまでに至りますが、幕末の禁門の変の際に長州軍の拠点となったことで薩摩軍から砲撃を受け、ことごとく破壊されました。

現代の建造物のほとんどは、明治期に再建されたものです。


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嵐山といえば紅葉の名所で知られ、ここ天龍寺の庭園も、美しい景観が見られるとのことです。

ここを訪れたのは10月10日、ちょっと早かったですね。

今度は紅葉狩りに訪れたいと思います。



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by sakanoueno-kumo | 2017-11-30 01:19 | 太平記を歩く | Trackback | Comments(2)  

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Commented by heitaroh at 2017-12-07 20:21
ここ、行ったことがあるような無いような・・・。最近、もう、どこに行ったか記録しておかないとわからなくなってきました。
Commented by sakanoueno-kumo at 2017-12-08 00:27
> heitarohさん

嵐山に行ったことがあれば、おぞらく行ってると思いますよ。
嵐山の顔ですから。

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