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幕末京都逍遥 その26 「土佐稲荷岬神社(岬神社)」

土佐藩邸跡の石碑から路地を西へ50mほど歩いたところに、岬神社という小さな神社があるのですが、ここはかつて土佐藩邸内にあった神社で、別名「土佐稲荷」と呼ばれています。


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社伝によると、創建は室町時代初期、鴨川の中州の岬に祠を建てたのが由来とされています。

その後、祠は鴨川の西岸など数度遷され、江戸時代初期、この付近に建てられた土佐藩の京屋敷内に遷されることとなったそうで、一般に「お稲荷さん」の愛称で親しまれる「倉稲魂命」を祀るため、「土佐稲荷」と呼ばれるようになったそうです。


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以降、土佐藩士のみならず、先斗町・木屋町など周辺の町衆からも「産土神(うぶすなのかみ)(地域土着の神)」として熱心な信仰を集め、わざわざ土佐藩邸内に一般人が自由にお参りするための通路を確保したほどだったそうです。

藩士たちの信仰も厚かったそうで、坂本龍馬武市半平太らも詣でたかもしれません。


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境内には、小さな坂本龍馬像が。


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土佐藩というと、どうしても龍馬になっちゃうんですよね。

でも、前稿でも紹介しましたが、龍馬は脱藩が赦されたあとも、土佐藩邸にはあまり寄り付かなかったといいます。

ここ土佐稲荷に詣でたかどうか・・・。

以前、ここに来たときには、龍馬像が何者かによって破壊されていました。

この像は、おそらく最近作り直されたものだと思われます。


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明治維新によって土佐藩邸が売却されると共に神社も移転を余儀なくされ、その後も幾多の変遷を経て、現在地に鎮座。

大正2年(1913年)には近隣の氏子たちによって現在の社殿が建立されたそうです。




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by sakanoueno-kumo | 2018-04-03 22:44 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by heitaroh at 2018-04-12 19:49
えー!龍馬像壊されてたんですか!
やたら龍馬像作れば良いってもんじゃないだろうとは私も思ったのですが、壊されていた時期があったとは知りませんでした。
龍馬が嫌いな人もいるんですね。
私も大ファンというわけではありませんが。
Commented by sakanoueno-kumo at 2018-04-13 11:34
> heitarohさん

そうなんですよ。
顔部分がひどいことになっていました。

アンチ龍馬って、ネット上では結構いますよ。
まあ、人気が高くなればなるほどアンチは出現するものだとは思いますが、龍馬の人気には虚像がたくさんあるとは思いますが、アンチの人のそれは、逆に穿ち過ぎな見解が多いです。

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