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幕末京都逍遥 その32 「桂小五郎・幾松寓居跡」

前稿で紹介した大村益次郎遺址のすぐ近くに、木戸孝允とその愛人だった芸姑・幾松が住んでいたとされる場所があります。

現在は、「幾松」という名の料理旅館となっています。


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幾松は、若狭小浜藩士・木崎市兵衛の娘として生まれ、8歳で京都に出てきたのち、三本木の芸妓になりました。

木戸孝允(当時は桂小五郎)と知り合ったのは、文久元年(1861年)頃だと伝わり、以後、彼が命の危険に晒されていた最も困難な時代に彼を庇護し、必死に支えつづけた女性です。

禁門の変で長州人のほとんどが京都のまちから追われたのちも、二条大橋のあたりで乞食の姿となって隠れ潜んでいた小五郎に、幾松は足繁く握り飯を持っていったという逸話は有名ですね。


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石碑には「桂小五郎幾松寓居趾」と刻まれています。

他のほとんどの石碑は「木戸孝允」と記されていますが、ここは「桂小五郎」なんですね。

維新後、木戸孝允と名を改めた小五郎は、幾松を長州藩士・岡部富太郎の養女にした上で、正妻として迎え、名を木戸松子とします。

身分差を超えた初めての正式な婚姻だったと言われています。

幕末のシンデレラですね。


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料理旅館として現在も営業している「幾松」の建物は、国の登録有形文化財に登録されています。

館内には「幾松の部屋」があり、現在も、抜け穴、飛び穴、のぞき穴、つり天井などがり当時に近い状態で保存されているそうです。

入ってみたいのですが、高そうなので入る勇気も甲斐性もありません。




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by sakanoueno-kumo | 2018-04-13 01:54 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by heitaroh at 2018-04-13 19:23
私も行ってみたかったのですがさすがに京都の店はよう入りまへん。
Commented by sakanoueno-kumo at 2018-04-13 21:26
> heitarohさん

京都は一見さんお断りのお店が多いですからね。
わても、常連はんに連れてってもらわんとよう入れまへん。

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