西郷どん 第14話「慶喜の本気」 ~橋本左内と西郷隆盛~

 安政4年6月17日(1857年8月6日)、将軍継嗣問題における一橋派急先鋒だった主席老中の阿部正弘急死します。これにより、一橋派は勢いを失うかに思えましたが、しかし、世情はそれを許しませんでした。というのも、あの黒船来航時に締結した日米和親条約の規定に基づいて前年に駐日総領事に着任していたタウンゼント・ハリスが、通商条約の締結とアメリカ国大統領の親書を将軍に直接手渡すことを、執拗に幕府首脳に求めており、事態は、そのハリスと渡り合うことが出来る有能な将軍の就任を必要としていたのです。


しかし、一橋慶喜の将軍就任には、多くのハードルがありました。対立する南紀派の抵抗はもちろん、慶喜の父である徳川斉昭に対して強い警戒感を抱いていた幕臣や、斉昭を毛嫌いする大奥女性たちの猛烈な反発があり、しかも、なにより、現将軍の徳川家定自身が慶喜をひどく嫌っていたといいます。


 そんななか、一橋派で越前国福井藩の松平慶永(春嶽)が動きます。春嶽は同年10月、阿波国徳島藩主の蜂須賀斉裕とともに阿部の死後に主席老中となった堀田正睦に宛てて、一橋慶喜を継嗣とするよう建白書を提出しました。さらに、この春嶽の動きに呼応して、薩摩藩主の島津斉彬も同年12月に建白書を提出します。福井藩は親藩でしたが、薩摩藩は大藩といえども外様大名。本来、幕政に口を出すなど、ありえないことでした。しかし、越権行為とは知りつつも、黙ってはいられないほどこの国の行く末を案じていたのが、この時期の斉彬だったのでしょう。


e0158128_11563831.jpg その斉彬の手足となって働いていたのが西郷吉之助(隆盛)で、春嶽の懐刀として力を発揮していたのが、福井藩士の橋本左内でした。必然的に、ふたりは江戸での政治活動の良きパートナーとなります。ふたりが出会ったのは、このときより2年ほど前の安政2年12月27日(1856年2月3日)のことでした。このときのエピソードとしては、海江田信義(有村俊斎)が後年に語った話が有名です。それによると、はじめて左内に会ったときの西郷は、いかにも見下した態度だったといいます。その理由は、左内が西郷より6歳も年下だったこともありましたが、容姿がいかにも虚弱で、そのうえ、話し方が婦女子のように軟弱だったからでした。そのため、西郷は最初、左内の人物を軽く見、海江田の表現によると、「西郷一見して、これを愚弄するの気」が見られたといいます。そして、西郷の左内に対する対応は、「語気頗る冷淡」だったようです。後年、どんなに若輩な相手に対しても礼節をもって接したと伝わる西郷ですが、若き日の西郷は、まだそこまで人間ができていなかったようです。


e0158128_15131310.jpg もっとも、その後、話していくうちに、左内が学識の深い人物であることがわかると、すぐさま態度を改めたといいます。そして、左内が帰ったあと、横にいた海江田に対して「今日の談論、甚だ敗せり」と言ったそうです。自分が間違っていたと判断すれば、すぐに謝罪し、対応を改める。これはなかなか真似できることではありません。海江田もこの点を強調し、「西郷の快男子たる所以にして、しかも欽すべきの美徳とす」と語っています。このあたりが、西郷の西郷たる所以なんでしょうね。


 以後、西郷はことあるごとに藤田東湖(今回のドラマでは出てきませんでしたが)と橋本左内のふたりを尊敬し、「吾れ、先輩においては東湖先生に服し、同輩においては橋本を推す。二子の才学器識たる、あに吾輩の企て及ぶ所ならんや」と称賛しました。東湖は先の震災で落命してしまいましたが、左内と西郷は、このあとも手を取り合って一橋慶喜の将軍擁立に向けて活動していきます。



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by sakanoueno-kumo | 2018-04-16 11:59 | 西郷どん | Trackback | Comments(2)  

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Commented by heitaroh at 2018-05-19 16:46
私はこの橋本左内という人物を思うとき、若泉敬を思い浮かべます。
共に福井県出身、眉目秀麗、頭脳明晰。
そして、不本意な最期を遂げたところまで。
福井という土地はこういう人を生むのでしょうか。
Commented by sakanoueno-kumo at 2018-05-19 19:52
> heitarohさん

ごめんなさい。
わたしは若泉敬のことはよく知りません。
福井の人だったんですね。

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