幕末京都逍遥 その44 「西郷隆盛寓居跡(鍵直旅館跡)」
前稿で紹介した薩摩藩錦小路邸跡の石碑から200mほど東のあたりに、かつて西郷隆盛の定宿だった鍵直旅館がありました。
現在、その跡地には石碑などの類は何もなく、そこにそんな歴史があることはほとんど知られていません。
安政5年7月16日(1858年8月24日)、京都に入った西郷隆盛は、吉井友実とともに定宿鍵屋直助方に滞在しました。
その同じ日、大坂では西郷の主君であり師でもある島津斉彬が急逝します。
鍵直には、江戸から帰った伊地知正治、有村俊斎(海江田信義)、有馬新七らも泊まり、西郷とともに斉彬の入京をまっていました。
そして7月27日、西郷は斉彬の死の報せを聞きます。
訃報に接したのは、この場所だったかもしれません。
西郷は悲歎のあまり殉死しようとしますが、僧・月照らに説得されて、斉彬の遺志を継ぐことを決意します。
幕末の英雄・西郷隆盛は、ここからはじまったといえるかもしれません。
鍵直旅館跡のすぐ南には、東西400mの有名な錦市場があります。
平安時代からつづくと言われるこの錦市場は、江戸時代には本格的な魚市場として栄えました。
薩摩屋敷もすぐ側にあり、きっと、西郷どんもこの市場を行き来したに違いありません。
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by sakanoueno-kumo | 2018-04-28 23:31 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(0)