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幕末京都逍遥 その47 「西川耕蔵邸跡」

三条富小路にあるヘアーサロンの店頭の片隅に、「西川耕蔵邸址」と刻まれた石碑があります。

西川耕蔵は、元治元年6月5日(1864年7月8日)に起きた「池田屋事件」で、会合に参加していながら難を逃れた数少ない人物です。


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西川耕蔵は京都の書店「文石堂」に生まれ、本屋の息子いうこともあってか学問を好み、のちに梅田雲浜に師事して勤王思想を学びます。

「安政の大獄」によって雲浜が捕らえられたあとは、雲浜の妻子を助けました。

同じく雲浜の門下で、池田屋事件の発端となった古高俊太郎とも交流が深かったようです。

池田屋での議に参加していた西川でしたが、危うく難を逃れ、聖護院の寓居にひそんでいたところ、新選組志士狩りの捜査網にかかって捕縛され、事件の10日後の6月15日、新選組屯所に連行されます。

その後、厳しい取り調べののち牢につながれ、そして慶応元年2月11日(1865年3月8日)朝、斬罪に処せられました。

享年43歳。


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西川耕蔵という名はあまり知られておらず、この石碑も、写真のとおり植木に隠れていて、人通りの多い場所にもかかわらず誰も目に止めていませんでした。

わたしが写真を撮っている姿を見て、ようやくこちらに目をやる人が数人いた程度です。

これが新選組の石碑だったら、きっと多くの人が足を止めるでしょうけどね。

皮肉なものです。




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by sakanoueno-kumo | 2018-05-04 00:21 | 幕末京都逍遥 | Comments(0)  

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