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幕末京都逍遥 その65 「松林院旧跡(清浄華院)」

前稿で紹介した清浄華院の敷地内に、「松林院旧跡」と刻まれた石碑が建っているのですが、その側面には、「松平容保寄宿の地」とも刻まれています。

松林院とは、かつてこの地にあった清浄華院の塔頭寺院です。


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文久3年(1863年)、江戸幕府第14代将軍・徳川家茂が、将軍としては229年ぶりとなる上洛を果たした際、会津藩士たちの寄宿先となったのが、ここ清浄華院でした。

京都守護職を務めていた松平容保が清浄華院に入ったのは同年12月のことで、翌元治元年(1864年)5月まで松林院に滞在したそうです。

その後、容保は本陣の金戒光明寺に戻りましたが、その直後に池田屋事件が起こり、孝明天皇(第121代天皇)から御所近くに滞在するように求められ、すぐに舞い戻ってきます。

その後は、慶応3年(1867年)正月まで、この地に居座り、御所周辺の治安を守ることとなります。


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松林院は今世紀に入るまであったそうですが、平成15年(2003年)に本坊と統合され、宗教法人としては消滅してしまったそうです。

現在は、旧本堂で現・清浄華院阿弥陀堂と、のみが残っています。




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by sakanoueno-kumo | 2018-05-31 23:28 | 幕末京都逍遥 | Comments(0)  

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