幕末京都逍遥 その72 「大久保利通邸跡」

京都御苑の東側、「その64」で紹介した清浄華院のすぐ北側に、かつて大久保利通が京で暮らしていた邸がありました。

現在、その場所には、「大久保利通旧邸」と刻まれた石碑が建ちます。


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盟友・西郷隆盛は幕末の初期段階から主君の島津斉彬の手足となって京に江戸にと奔走していましたが、大久保は薩摩藩領内から外に出る機会に恵まれず、はじめて京に上ったのは、文久2年(1862年)島津久光公武周旋のために京に入ったときだったようです。

以後、大久保は京に滞在することが頻繁となり、慶応2年(1866年)から慶応4年(1868年)までの間、この地に邸宅を構えていたそうです。


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この時期、他藩士たちとの外交を担当していたのは西郷で、京での大久保の役目は、主に朝廷工作でした。

だから、御所のすぐ近くに邸を構えたのでしょうね。

大久保はここを拠点に、岩倉具視らと密接に関わって朝廷工作に奔走し、やがて王政復古の道筋を立てていくんですね。

この頃はまだ、西郷と大久保は、同じ方向を向いていました。


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大久保が暗殺された3年後の明治14年(1881年)までは旧邸が残っていたそうですが、今は石碑がその場所のみを伝えてくれています。




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by sakanoueno-kumo | 2018-06-10 10:30 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(0)  

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