幕末京都逍遥 その73 「常林寺(勝海舟宿坊跡)」

京都御苑の北西角から300mほど東へ進んで鴨川に架かる賀茂大橋を渡ってすぐのところに、常林寺というお寺があります。

ここは幕末、勝海舟宿坊だったと伝わるお寺です。


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常林寺山門前に立つ駒札の説明書きによると、創建は天正元年(1573年)、念仏専修僧魯道上人によって開創された寺院だそうです。

往時は知恩院末の有力寺院として活躍したそうですが、寛文11年(1671年)の大火で焼失し、現在の地に移ってきたそうです。


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時代は進んで幕末、常林寺は勝海舟の京都における宿坊だったと伝わり、子母澤寛の歴史小説『勝海舟』でも取り上げられています。

長崎に神戸に安芸と飛び回っていた勝でしたから、京都に宿坊があって当然だったでしょう。


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説明書きによると、勝を訪ねてきた坂本龍馬中岡慎太郎が本堂に宿泊したと紹介されていますが、これはどうでしょうね。

龍馬はともかく、中岡と勝の接点があったとは思えません。

ふたりで勝を訪ねてくるなんてことは、ちょっと考えにくいですね。

なんでも龍馬に結びつけて観光誘致に利用するのは感心できません。


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勝の京都でのエピソードとしては、龍馬が勝の進めていた海軍操練所設立のために奔走していたとき、勝の側にいられない自分に代わって土佐勤王党のメンバーで人斬りの異名で恐れられていた岡田以蔵を勝の京都での護衛役にし、勝が路上で3人の浪士に襲われた際、以蔵がこれを一刀のもとに斬り捨てたという有名な話があります。

そのあと勝は以蔵に対して、「君は人を殺すことをたしなんではいけない。先日のような挙動は改めたがよからう」と諭しますが、以蔵は「先生それでもあの時私が居なかったら、先生の首は既に飛んでしまつて居ませう」と返したといいます。

勝は「これには俺も一言もなかったよ」と、後年に述懐しています。

あるいは、以蔵こそ、ここに泊まっていたかもしれませんね。




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by sakanoueno-kumo | 2018-06-12 23:54 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(0)  

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