西郷どん 第23話「寺田屋騒動」 その1 ~大久保の刺し違えんとするエピソード~

e0158128_15131310.jpg 島津久光の東上に先立って鹿児島を発った西郷吉之助(隆盛)村田新八でしたが、下関で福岡脱藩浪士の平野國臣らから上方で尊王攘夷派の挙兵計画があることを聞き、その中に薩摩藩士が含まれていることを知ると、西郷は彼らを鎮めるために矢も盾もたまらず下関を発って上方へ向かいます。しかし、西郷は鹿児島を発つ際、久光より下関で待機せよとの指示を受けていました。したがって、西郷のこの無断上坂は君命を無視した行為でした。これを知った久光は当然の如く激怒。鹿児島での会見の際の「地ゴロ」発言の遺恨も相まってか、久光は西郷に切腹の沙汰を口にしたといいます。


 この西郷の独断専行について、西郷自身が文久2年(1862年)7月に奄美大島在住の木場伝内に宛てた書簡のなかで、久光の上洛に期待して京阪に集まった攘夷派の浪士たちは、皆、自分(西郷)を当てにして死を覚悟した志士たちなので、「死地に入らず候わでは、死地の兵を救う事出来申す間敷」と判断しての行動だったと説明しています。つまり、自分が現地に入って直接説得しなければ事態を収拾できない、と。西郷らしい行動といえますが、しかし、この判断は、裏を返せば久光には事態の収拾はできないと言っているようなものであり、久光を軽んじた行為だと思われても仕方がなかったでしょう。事実、西郷は久光のことを軽んじていました。久光の激怒は当然だったといえます。


e0158128_11283315.jpg 怒る久光に許しを得て東上した大久保一蔵(利通)は、伏見で西郷と会います。ここで二人の間でどのような話があったかは史料がなくわかりませんが、大久保が報告のために久光の元に戻ると、先に堀次郎(伊地知貞馨)有村俊斎(海江田信義)が西郷についての情報を久光の耳に入れていました。その内容は、堀曰く、長州藩の長井雅楽という大奸物と腹を合わせていると西郷から激しく面詰されたといい、有村は、西郷が平野國臣とともに戦死しようと話し合っていると報告していました。この報告は、久光の怒りに拍車をかけます。


 もはやどんなに力を尽くしても久光の怒りを解くのは不可能だと判断した大久保は、ちょうど自分が泊まっていた明石の旅館に西郷が現れると、西郷を人気のない浜辺に連れ出し、「ここで刺し違えて死のう」と言ったといいます。しかし、これを西郷は拒否します。曰く、「自分はどのような処罰を受けようともかまわないが、ふたりとも死んでしまっては、先君(島津斉彬)の遺志を継承する者がいなくなる。だから、決して自殺などしない」というものでした。こう諭された大久保は、自分もこの逆境を耐え忍ぶことを決意したといいます。


e0158128_17375658.jpgドラマとは少しシチュエーションが違いますが、大久保が西郷に刺し違えようと迫った話は有名ですね。この話は、この翌々日に大久保自身が大坂で本田親雄に語った秘事で、後年、大久保の死後に本田が明らかにして有名になったエピソードです。もっとも、大久保が刺し違えて死のうと言ったのは、西郷に甘んじて罪を受けさせるために打った芝居だったのではないかと見る歴史家もいます。その理由は、大久保がその日の日記に「(西郷が)従容として許諾、拙子も既に決断を申し入れ候、何分右通りにて安心いて此上なし」と記していることを指摘し、本気で死のうとしていた人間が、その直後に「安心」などと書けるだろうか、芝居だったからこそ本音がでたのではないか、との解釈です。


 たしかに、後年の大久保の性質から見て、すぐに「死」を口にする西郷と違い、「絶望」という言葉を知らないかの如く、どんなに窮しても、一縷の望みを探して努力してやまない男が大久保です。簡単に「死のう」なんて言葉を口にする人物ではないんですね。そう考えれば、大久保の「刺し違えて死のう」は、あるいは芝居だったかもしれませんが、でも、大久保とて若き日は感情に任せて勢いで行動したこともあったでしょうし、冷静沈着なイメージの大久保ですが、決して情に薄い人物ではありません。西郷を大島から呼び戻したのは大久保だったわけで、その責任を感じて口から出た本音だったのではないでしょうか。


 結局、西郷は死一等を減じられて遠島処分となります。久光の本心で言えば死罪を申し付けたかったのでしょうが、あるいは、ドラマのように周囲の助命嘆願があったのかもしれませんね。もっとも、久光の胸の内では、この遠島は一生鹿児島に帰ることのない終身刑のつもりだったようです。そうなっていれば、歴史はまた違ったものになったでしょうね。


 ちなみに、ドラマでは久光に報告したことが誤解を招いて怒りを買ったことを詫にきた有村に対し、寛大に受け止めていた西郷でしたが、実際には、久光の激怒を招いたのは有村や堀の「讒口」、つまり、西郷を陥れるための虚言によるものだと受け止め、以後、西郷は彼らを恨み続けます。ドラマでの西郷、ちょっといい人すぎますね。


 寺田屋事件の話にいくまでに長くなっちゃいました。つづきは明晩、「その2」の稿にて。



ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓



by sakanoueno-kumo | 2018-06-18 01:22 | 西郷どん | Trackback | Comments(0)  

トラックバックURL : https://signboard.exblog.jp/tb/27346503
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]

<< 西郷どん 第23話「寺田屋騒動... 幕末京都逍遥 その77 「陸援... >>