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幕末京都逍遥 その80 「平安神宮」

平安神宮にやってきました。

平安神宮は幕末の戦乱で荒廃した京都の街の復興のシンボルとして明治28年(1895年)に創建された神社で、主祭神は桓武天皇(第50代天皇)と孝明天皇(第121代天皇)です。

つまり、平安京最初の天皇最後の天皇を祀った神社です。


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上の写真は参道の大鳥居

高さ24.4mあるそうで、国の登録有形文化財に登録されています。


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平安神宮が創建された明治28年(1895年)は、平安遷都1100年の記念の年にあたり、創建当初は平安遷都を行った桓武天皇のみが祭神とされました。

その後、皇紀2600年にあたる昭和15年(1940年)に、平安京最後の孝明天皇が合祀されたそうです。


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写真は正面玄関にあたる應天門

重要文化財です。

平安京が創建された明治28年(1895年)、京都では平安遷都1100年を記念して内国勧業博覧会が開催されました。

應天門はそのモニュメントとして、桓武天皇が開いた当時の平安京の正庁、朝堂院の應天門を模して建てられました。


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振り返ると、遠くに大鳥居が見えます。


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そして、應天門をくぐると、正面に社殿が見えます。

左から白虎楼・西歩廊・大極殿・東歩廊・蒼龍楼です。

これらの社殿も、内国勧業博覧会の目玉として平安京遷都当時の大内裏を復元したものだそうですが、スケールは8分の5の規模だそうです。

当初は実際に大内裏があった千本丸太町朱雀門が位置するように計画されたそうですが、用地買収に失敗し、当時は郊外だったこの地に、縮小サイズで復元されたそうです。


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こちらが中央の大極殿

重要文化財です。

社殿のなかの正殿で、即位、朝賀をはじめ国の主要な儀式が行われる中枢だそうです。

「大極」とは、宇宙の本体・万物生成の根源を示す言葉で、不動の指針・北極星に比定され、天皇の坐す御殿を意味するそうです。


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こちらは西の白虎楼

重要文化財です。


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こちらは東の蒼龍楼

同じく重要文化財です。


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昭和51年(1976年)1月6日、日本の新左翼による放火で本殿・内拝殿など9棟が焼失してしまいました(外拝殿である大極殿は延焼をまぬがれている)。

その当時、これらの建物は文化財指定を受けていなかったため、再建のための国からの補助金が降りなかったそうですが、全国からの募金により、本殿や内拝殿は3年後に再建されたそうです。


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現在はこの朱塗りの社殿の美しさで京都を代表する観光名所のひとつとなっています。

わたしが訪れたこの日も、外国人だらけでした。




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by sakanoueno-kumo | 2018-06-22 22:36 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(0)  

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