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幕末京都逍遥 その140 「伏見竜馬通り」

史跡ではありませんが、伏見には「伏見竜馬通り」と名付けられた商店街があります。


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この付近は伏見宿の本陣・脇本陣・旅籠・船宿が軒を連ね、大いに賑わった町でした。

この通りは、はじめ本陣木津屋の前の図子(づし・小路のこと)だったことから、木津屋図子とも呼ばれ、のちに南納屋町とも称しました。


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江戸時代、伏見は水運陸運の要衝でしたが、一方で、情報収集の町でもありました。

この情報伝達業者が、江戸、大坂、京、伏見の4都市にて公許された「通日雇(とおしびよう)」と呼ばれる公用逓送、いわゆる御用定飛脚が店を連ねていました。

安栄年間刊行の『伏見かがみ』には、14軒の通日雇が記されているそうです。

「その137」 「その138」で紹介した船宿の寺田屋には、諸国の情報が船客より多く寄せられていたでしょうから、坂本龍馬をはじめ多くの志士たちがここに出入りしていたのは、そうした情報収集の目的もあったのでしょう。


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商店街の歴史は古く、中書島遊郭ができた約300年前にさかのぼります。

この遊郭で働く遊女たちに着物日常雑貨を売る店の並びが、この商店街の原型だそうです。

平成8年(1996年)から、石畳ガス灯風街路灯が設置され、また、外観を京町家風に作りかえるなどの景観の整備が行われ、「竜馬通り商店街」と名付けられました。


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龍馬や新選組のグッズを販売している龍馬館

この日、Tシャツと缶バッジを衝動買いしてしまいました。


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こちらは龍馬を描いた店舗シャッターアート

「伏見+アートフェスティバル」というイベントの一環で、「幕末維新回廊」をテーマに京都造形芸術大とのコラボで描かれたそうです。


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景色は変わっているでしょうが、龍馬たち幕末の志士たちも闊歩したであろう商店街。

今なお続いているというのがいいですね。




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by sakanoueno-kumo | 2018-09-29 00:16 | 幕末京都逍遥 | Trackback | Comments(0)  

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