西郷どん 第42話「両雄激突」その1 ~尾去沢銅山汚職事件~

 当初は1年足らずで帰国する予定だった岩倉使節団でしたが、予定より大幅に長引いていました。しかし、政府首脳の半数以上が1年以上も国外に出たままというのは、やはり不都合が起こってきます。とくに財政面の窮乏は著しく、予算問題をめぐる大蔵省多省とのあいだで対立関係が激化していました。そんななか、太政大臣の三条実美は洋行中の参議・木戸孝允と大蔵卿・大久保利通に対して帰国命令を通達します。しかし、木戸は帰国を承知せず、その後も洋行を一月ほど続け、大久保は、三条からの要請を受け入れて帰国の途につきます。しかし、その大久保とて、すぐに帰って来られるわけではありません。そこで、とりあえずの応急措置として、明治6年(1873年)4月19日、新たに参議の数が増やされます。左院議長・後藤象二郎、司法卿・江藤新平、文部卿・大木喬任の3人でした。


 この参議の登用には、各省の長官を参議とすることで正院を強化する狙いがありました。ところが、そのことが裏目に出て、各省の卿を兼務したかたちでの参議就任は、かえって大蔵省批判や各省の問題がそのまま政府に持ち込まれるかたちとなり、事態はいっそう激化します。そんななか、山縣有朋が辞任に追い込また山城屋事件に続いて、またしても政府の屋台骨が崩れかねない汚職事件が明るみになります。「尾去沢銅山汚職事件」です。


 尾去沢銅山というのは南部藩の所領にあった鉱山でした。幕末、南部藩は財政難にあり、さらに、戊辰戦争敗軍に回ったことから石高を大幅に削られ、新政府に多額の賠償金を払わされるはめになったことから、藩の御用商人だった村井茂兵衛から多額の借財をしていました。村井は、いわば鉱山資本家で、旧幕時代から南部藩所有の尾去沢銅山から産出するを精煉し、「鍵屋」という屋号で大阪や横浜にも支店を置き、手広くそれを売って財を成していました。当時、日本全国のどの大名も藩の財政状態は悪く、領内の商人から借金をして補填していたという話は、めずらしいことではありませんでした。しかし、当時の慣例として、藩が商人からお金を借りる場合、殿様に金を貸すというのはおそれ多いという理由で、逆に藩が商人に対してお金を貸し付けているという内容で証文には記されていました。これは暗黙の了解のもとに行われていたたてまえだったのですが、これを逆手に取ったのが、明治新政府で大蔵大輔の職にあった長州藩出身の井上馨でした。


e0158128_18385697.jpg 明治元年(1867年)、南部藩は借金の肩代わりとして尾去沢銅山の採掘権を村井に与えましたが、藩に貸したお金は返ってくることはなく、明治4年(1871年)の廃藩置県によって藩が消滅してしまいました。このまま泣き寝入りするしかないのかと途方にくれていた村井でしたが、旧藩の抱えていた負債は新政府が引き継ぐということになり、それを聞きつけた村井は、すぐさま東京に出向き、大蔵省に借金の返済を求めました。ところが、ときの大蔵大輔だった井上馨は村井に会おうともせず、下僚を通じて、逆に村井に借金の返済を要求しました。南部藩が村井に金を貸したという形式上の証文を盾にしたんですね。村井はこの証文の理由を必死に陳情しますが、井上はこれを聞き入れることはなく、返済不能と見るや、村井の所有していた尾去沢銅山を没収し、これにより村井は破産に追い込まれました。


 なんとも酷い話ですが、ここまでなら、尾去沢銅山は国の所有する鉱山として明治政府の財政難を助ける存在となり得たでしょうが、井上はその後、この銅山を同郷の長州人である岡田平蔵という政商に競売で払い下げ、そして、あろうことか、そこに「従四位井上馨所有」という高札を掲げさせました。完全に私物化しようとしていたんですね。井上とて、旧士族出身ですから、南部藩の証文が形式上のものであることは知っていたでしょうし、仮に知らなかったとしても、調べればわかることだったでしょう。井上はそれをわかった上で、村井を陥れて私腹を肥やそうとした。古来、これほど露骨で大胆な汚職事件があったでしょうか?


e0158128_22240827.jpg 破産した村井は、このことを司法省に訴えました。当時、司法卿の職にあった江藤新平は、人一倍正義感が強く、このような不正をこよなく嫌う男で、しかも、薩長閥政府にもかねてから不満を顕にしていました。江藤は村井の訴えを受けると、これを私利私欲に満ちた長州閥を退治する好機と捉えて徹底的に調査を進め、事件の証拠を洗い出し、逮捕寸前まで井上を追い込みますが、結局、長州閥の抵抗に押され、これが明るみになったら明治政府自体が瓦解しかねないとの理由から、司法の手にはかからず、井上の大蔵大輔辞職のみで決着を見ました。鉱山もウヤムヤのなか返還されていません。村井は失意のなか、明治6年(1873年)6月10日に死去しています。


 このような貪官汚吏を人一倍嫌悪する西郷隆盛は、この頃から、周囲に辞意を漏らすようになります。腐敗した新政府に嫌気がさしたのでしょう。しかし、留守政府の首相である西郷の辞任など許されるはずもなく、そんななか、にわかに大きな問題が浮上します。西郷が突然、朝鮮使節への就任を希望したんですね。

続きは明日の稿にて。



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by sakanoueno-kumo | 2018-11-12 18:54 | 西郷どん | Trackback | Comments(0)  

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