江戸城を歩く。 その8 「北桔橋門~北の丸」
「その7」のつづきです。
本丸を出て平川濠の外側から見た北桔橋門です。
門の向こうに見えるのは、天守台です。

北桔橋門は天守の北の本丸大奥と外部を結ぶ門で、重要地点であることから、濠を深くして石垣は最大級の高さとなっています。

北桔橋門と外を結ぶ北桔橋から東側を眺めます。
濠は平川濠、打込み接ぎの石垣の高さが目を見張ります。

同じく北桔橋から見た西側の眺望。
濠は乾濠です。

往時の北桔橋は跳ね上げ橋だったそうで、普段は上げられていたそうです。
現在は、誰でも通行できるようになっていますが、大手門と同じく、入口で警官の持ち物チェックがあります。

桔橋門の北側は、かつての北の丸です。
現在は北の丸公園として整備され、日本武道館や科学技術館などがあります。
その科学技術館の北側には、清水門があります。
この日は、某有名私立大学の入学式が武道館であったようで、スーツを着た若者と親御さんでごった返していました。
お母さん、ヒールで城址の石段はキツそうでしたね。

写真は清水門の二ノ門にあたる渡櫓門の内側です。

こちらは、渡櫓門の外側。

そして、こちらが一ノ門にあたる高麗門。
一ノ門と二ノ門で枡形構造になっています。

清水門の名称は、徳川御三卿の清水徳川家に由来するのかと思いきや、逆に、第9代将軍・徳川家重の次男・徳川重好に清水門内の北の丸に屋敷を与えて一家を創立させたため、門名にちなんで清水家と称したそうで、清水門にちなんで御三卿・清水家が生まれたそうです。
清水門の名称の由来はわからないそうです。

清水門から牛ヶ淵に沿って北に歩くと、北の丸最北端に田安門があります。
写真は一ノ門の高麗門。

この田安門の北側が靖国神社、田安門を通って北の丸に入ると、日本武道館があります。

そして田安門の二ノ門にあたる渡櫓門、枡形側です。

こちらは渡櫓門内側、武道館側です。
田安門の由来も、徳川御三卿の田安徳川家から来たものではなく、逆に、第8代将軍・徳川吉宗の次男・徳川宗武が田安門の南(現在の武道館のあたり)に屋敷を構えたことから、家名を田安家としたそうです。
「その9」につづきます。
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by sakanoueno-kumo | 2018-12-16 13:12 | 東京の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)