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江戸湾を守った海上の砲台「品川台場」を歩く。 その1

平成29年(2017年)4月6日、日本城郭協会から「続・日本100名城」が発表されましたが、そのなかに、ひとつだけ趣を異にした存在があります。

東京湾に浮かぶ砲台跡「品川台場」がそれです。

「城跡」というカテゴリーに入れていいのかどうか、でも、「砦」という意味では同種とみなしていいともいえますが・・・。

とにもかくにも、名城の仲間に加わったので、過日、東京を訪れた際に立ち寄ってみました。


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写真はお台場ビーチから撮影した東京ベイエリアです。

海に浮かぶ緑の空間が、その台場です。

その向こうに見えるのがレインボーブリッジ


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ズームします。

豪壮な石垣の上に土塁が盛られているのが見えます。

その様相は、まさに海に浮かぶ要塞、城跡と言っていいのかもしれません。


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「お台場」の愛称で全国に知られている東京ベイエリアは、港区台場を中心に複数の区にまたがって東京湾に広がる埋立地ですが、東京湾の埋め立ては近年始まったものではなく、徳川家康による江戸幕府が開かれて以来、長い年月をかけて少しずつ進められてきた事業で、幕末までの260余年の間に海岸線のかたちは大きく変わりました。


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その海岸線に、軍事施設として台場の造営工事が始まったのは嘉永6年(1853年)8月のことでした。

というのも、この年の6月、マシュー・ペリー提督率いるアメリカ艦隊が江戸湾の浦賀沖に姿を表し、江戸幕府に開国をせまってきたんですね。

いわゆる「黒船来航」です。

ペリーは幕府に通商を目的とする開国を要求し、その回答猶予として翌年春の最来航を約束して帰国しますが、これに脅威を感じた幕府老中首座の阿部正弘が、伊豆韮山代官の江川英龍に命じて海上砲台の建設を開始します。

それが、この品川台場です。


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当時は第1台場から第6台場までありましたが、現在残るのは第3、第6台場の2ヶ所だけで、そのうち第3台場が「台場公園」として整備されています。


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第3台場はお台場ビーチと陸続きになっているので、歩いていけます。


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第3台場の入り口です。


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横に目をやると、向こうにフジテレビ社屋が見えます。

東京人でないわたしにとっては、お台場=フジテレビといった印象が強いです。

ミーハーですね。


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階段を上がって土塁を登るとすぐに、案内板が設置されています。


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平面図のアップです。

面積は約30,000㎡だそうです。


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土塁に囲われた台場の内部は一段低くなっていて、現在は芝生広場として子どもたちがボール遊びなどをしていましたが、かつてはここに兵舎が建てられ、大量の弾薬が保管された軍事拠点でした。


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芝生の中央に見える礎石のような場所が、かつての兵舎跡です。


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下に降りてみましょう。


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兵舎(陣屋)跡の礎石です。

向こうにフジテレビ社屋が見えます。


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兵舎は居住施設というより一種の休憩所のようなものだったようで、守備兵は小舟で台場に渡り、交代が来るまでのあいだここに詰めていたそうです。


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こちらはかまど跡です。

往時はここで兵たちの食事が作られていました。


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もっとも、このかまどは江戸時代のものではなく、後世になって作られたものだそうです。

ここが台場公園として開園したのは昭和3年(1928年)だそうなので、あるいは、そのときに作られた復元品なのかもしれないですね。

それでも、90年以上前のものですから、立派な史跡です。


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こちらは弾薬庫跡です。


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弾薬の格納庫ですから、砲撃を受けた際に誘爆を防ぐために石室になっており、往時は内部に木造の収納室を設ける二重構造になっていたそうです。


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長くなっちゃったので、「その2」につづきます。




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by sakanoueno-kumo | 2019-01-17 23:10 | 東京の史跡・観光 | Trackback | Comments(2)  

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Commented by heitaroh at 2019-01-21 21:30
東京は史跡で食ってませんから、本当に打ち捨てられてますよね。
興味があるなら、自分で探して行け・・・みたいな。
ここ、アクセスはどうなんですか?
駅降りて近いんですか?
Commented by sakanoueno-kumo at 2019-01-22 21:18
> heitarohさん

たしかに、東京は史跡に力を入れていませんが、ここは、一昨年に「続・日本100名城」に選ばれたこともあって、誘導板とか説明板が充実していましたよ。
アクセスはお台場なので悪くありません。
もっとも、この日もお台場ビーチにはたくさん人がいましたが、歩いて10分ほどのここに来れば、わたし以外にほとんど人はいませんでしたが。

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