人気ブログランキング |

桜満開の赤穂城を歩く。 その1 「大手門~武家屋敷跡」

過日、播州赤穂城跡を訪れました。

赤穂といえば、「時は元禄15年、師走半ばの14日・・・」でお馴染みの赤穂浪士を誰もが思い浮かべるかと思いますが、あの浅野家の居城だった城です。

赤穂城は、正保2年(1645年)に常陸国笠間から入封した浅野長直が、近藤三郎左衛門正純に築城設計を命じ、慶安元年(1648年)より13年以上の歳月を費やし、寛文元年(1661年)に完成したものです。

わたしがここを訪れたのは平成29年(2017年)4月9日、桜が満開の赤穂城を歩きます。


e0158128_14350645.jpg


写真は大手門太鼓橋です。

昭和30年(1955年)に復元されたものだそうです。


e0158128_14380585.jpg


その北側には、同じく昭和30年に復元された隅櫓があります。


e0158128_14390716.jpg


大手門の高麗門をくぐります。

復元だからだと思いますが、扉がありません。


e0158128_14402123.jpg


門をくぐると、石垣で枡形が形成されています。


e0158128_14414286.jpg


おそらく、往時は櫓門があったのでしょう。

発掘調査で確認された礎石位置を示す板(白い四角の部分)が地面に埋め込まれています。


e0158128_14423873.jpg


石垣は切込み接ぎですね。


e0158128_14435534.jpg


枡形虎口を進むと、奥に番所跡があります。

櫓門を通る人を検問する門番が詰める場所で、今でいえばガードマンの詰所ですね。

その右側に見えるのが、外からの写真で大手門の横にあった隅櫓。


e0158128_14444645.jpg


桜が綺麗です。


e0158128_14481281.jpg


番所を過ぎて二ノ丸へ向かう途中に、武家屋敷跡が連なります。

まず目に入るのが、近藤源八宅跡長屋門


e0158128_14540244.jpg


「長屋門」とありますが、現存している建物は長屋部分のみで、門は残っていません。

じゃあ、なんで「長屋門」なんでしょう?


e0158128_14540560.jpg


内部から見た源八長屋門です。

たぶん、最近改修されたんでしょうね。

壁も瓦も綺麗です。


e0158128_14555803.jpg
e0158128_14560263.jpg


近藤源八正憲は甲州流兵法の学者で、禄高1000石の重職を担っていました。

源八の父は赤穂城の縄張りを進めた近藤三郎左衛門正純で、源八の妻は、あの大石内蔵助良雄の叔母にあたるそうです。

浅野刃傷・赤穂藩改易時にはかなりの高齢だったと見られ、仇討ちの義盟には加わりませんでした。


e0158128_14585721.jpg


そして、こちらが大石内蔵助良雄邸長屋門です。

内蔵助については、ここで改めて説明するまでもないですよね。


e0158128_14590195.jpg


説明板によると、浅野家筆頭家老の大石家三代が57年にわたって住んでいた屋敷の正門で、主君・浅野内匠頭長矩刃傷事件を知らせる江戸からの急使がたたいたのも、この門だったそうです。


e0158128_15012103.jpg
e0158128_15012488.jpg


門の前には、「史蹟 大石良雄宅跡」と刻まれた石碑が立ちます。


e0158128_15023755.jpg


大石家の邸跡には、現在、大石神社があります。

大石神社については、平成24年(2012年)の当ブログ(赤穂四十七義士を祀る大石神社に初詣。)の稿で紹介しておりますので、今回はスルーします。


e0158128_15064010.jpg


あと、建物は存在しませんが、城跡内には多くの武家屋敷跡があります。

全部を説明していたら終わらないので、写真のみ紹介。


e0158128_15064394.jpg


四十七士の片岡源五郎右衛門宅跡。


e0158128_15101890.jpg
e0158128_15102171.jpg


同じく四十七士の間瀬久太夫正明屋敷跡。


e0158128_15133927.jpg
e0158128_15134219.jpg


こちらも四十七士の磯貝十郎左衛門屋敷跡。


e0158128_15155543.jpg
e0158128_15155873.jpg


こちらは脱落組の鈴田重八屋敷跡。


e0158128_15180145.jpg
e0158128_15180577.jpg


こちらも脱落組の田中貞四郎屋敷跡。


e0158128_15195321.jpg
e0158128_15195662.jpg


こちらは、最初から大石たちとは意見を異にしていた大野九郎兵衛屋敷跡。


e0158128_15220092.jpg
e0158128_15220479.jpg


こちらは藩医の寺井玄渓屋敷跡。


e0158128_15231834.jpg


素性がよくわからない神尾専右衛門邸跡。


e0158128_15262094.jpg


武家屋敷跡だけでずいぶん長くなっちゃいました。

最後に武家屋敷公園の桜を紹介して、「その2」に続きます。




ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
   ↓↓↓



by sakanoueno-kumo | 2019-02-13 23:23 | 兵庫の史跡・観光 | Comments(0)  

<< 桜満開の赤穂城を歩く。 その2... いだてん~東京オリムピック噺~... >>