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桜満開の赤穂城を歩く。 その2 「二ノ丸庭園」

「その1」の続きです。

赤穂城三ノ丸武家屋敷跡を過ぎて二ノ丸門を通る手前に、山鹿素行の銅像があります。

山鹿素行は赤穂藩初代藩主の浅野長直に千石で召し抱えられた儒学者、兵学者で、赤穂城の築城にも参画した人物です。


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説明板によると、赤穂城築城時には二ノ丸虎口縄張りを一部素行が変更したとされます。

だから、ここ二ノ丸門の前に銅像があるんですね。


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山鹿素行は家中で兵法を教え、あの大石内蔵助良雄も門弟のひとりだったといいます。

その後、大石たちが吉良邸討ち入りを成功させたことで、山鹿流「実戦的な軍学」という評判が立つことになったそうです。

その後、山鹿流兵法は幕末まで伝授され、吉田松陰松下村塾でも教材となりました。


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土台の銅板は漢文なので、よくわかりません。


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そしてここが、その二ノ丸門です。

今はただの道ですね。


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案内板です。

往時は切妻式櫓門が構えられていたそうです。


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こちらの案内板では、文久2年(1862年)12月9日に起きた文久事件が紹介されています。

文久事件とは、藩政改革を唱える急進派家臣の一派が、国家老の森主税と側用人の儒学者・村上真輔を赤穂城の門前で暗殺したことに端を発する事件で、その暗殺が行われたのが、この附近だったそうです。

本来は下級武士が藩の重臣を暗殺すれば大罪ですが、このとき、藩内の対立抗争の背景で急進派は賞賛され、逆に被害者であるはずの森主税や村上真輔の遺族が閉門の処分を受けることになります。

しかし、これを納得できない遺族たちは、事件から9年後の明治4年(1871年)2月30日、暗殺者たちが潜んでいた高野山に押しかけ、ついにそのをとりました。

世にいう「高野の仇討ち」です。

この事件がきかっけとなり、明治政府は「仇討ち禁止令」を発令するに至ります。

そのため、この事件は「日本最後の仇討ち」と言われているんですね。

高野の仇討ちといい忠臣蔵といい、赤穂は「仇討ち」のお国柄ですね。


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二ノ丸門を過ぎると、立派な土塀屋敷門が目に入ります。


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説明板によると、この門は家老の大石頼母良重屋敷門の復元だそうです。

大石頼母邸良重は大石内蔵助良雄の大叔父にあたる人で、浅野長直に重用され、長直の娘を妻に迎えて、ここ二ノ丸に屋敷をかまえていたそうです。


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平成10年(1998年)から3年ほどかけた二ノ丸発掘調査で屋敷跡の痕跡が多く見つかったそうで、その遺構に基いて復元されたそうです。


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門の横には、同じく復元された二の丸庭園の案内板がありました。

ここも、発掘調査をもとに平成14年(2002年)から約14年の歳月と約12億円をかけて修復したもので、ここを訪れた平成29年(2017年)4月現在もまだ整備中でした。


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門を潜ると、広大な庭園が広がります。


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「錦帯池」と呼ばれる池と、あずまやです。


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庭園は約1.5ヘクタールあるそうですが、わたしが訪れた1年前の時点では、4割に当たる約6,000㎡程度の公開でした。


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石垣に上ると、外堀が見下ろせます。


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北側の山には、「赤」の文字が。

夜にはイルミネーションで光るそうです。


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二ノ丸庭園の南を見ると、土塀の向こうにが広がります。

二ノ丸庭園は大石頼母屋敷門のあった東仕切門と、南側に通じる西仕切門があるのですが、平成29年(2017年)4月現在は、整備中のため西仕切門は開けられていませんでした。

なので、向こう側の桜並木に行く前に、本丸に向かうことにします。

続きは「その3」にて。




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by sakanoueno-kumo | 2019-02-14 23:51 | 兵庫の史跡・観光 | Comments(0)  

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