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桜満開の赤穂城を歩く。 その4 「元禄桜苑」

「その3」の続きです。

赤穂城本丸の東側にある厩口門を出て、二ノ丸南に向かいます。

写真は、本丸側から見た桜と厩口門の高麗門


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天気が曇りじゃなかったら、もっと綺麗だったでしょうね。


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門の外にも桜が見えます。


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こちらは本丸の外から見た厩口門。


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正保2年(1645年)に入封した浅野長直によって築かれた赤穂城ですが、浅野家は3代当主の浅野内匠頭長矩刃傷事件が起こり、改易となります。

城は一旦、お隣の播磨龍野藩主・脇坂安照の預かりとなりますが、その後、下野国烏山藩より永井直敬が3万3,000石で入封。

しかし、直敬はわずか4年で転封となり、代わって備中国西江原藩より森長直が2万石で入部。

以後、明治4年(1871年)の廃藩置県までの12代、165年間、森家が赤穂城主を務めます。


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説明板によると、この門が厩口門と呼ばれていたのは浅野家時代で、森家の時代には「台所門」と呼ばれていたそうです。


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その厩口門もしくは台所門から内堀に沿って南に向かいます。


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桜並木が見えてきました。

石垣が切れている部分は、前稿で紹介した刎橋門跡です。


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こちらが二ノ丸側からみた刎橋門跡。


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そのまま南に進むと、内堀最南端に隅櫓跡の石垣があります。

横矢掛けの形状をしています。


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本丸西側の二ノ丸は市民憩いの芝生広場公園として整備されており、元禄桜苑と名づけられた花見の名所となっています。


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この日は天気が良くなかったので、あまり花見客はいませんでしたが、たぶん、いつもはもっと賑わっているのでしょう。


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水面に映る逆さ桜


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晴れてたらもっと綺麗だったでしょうね。


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元禄桜苑の最北端には、「その2」で紹介した二ノ丸庭園に入る西仕切門があります。

ただ、二ノ丸庭園は整備中のため、平成29年(2017年)4月現在、この門はまだ閉じられたままです。


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元禄桜苑最南端には、南沖櫓台があります。


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土塁を登ってみました。

南沖櫓台の外側には、現在外堀が巡らされていますが、かつてはこの先はだったそうです。


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南沖櫓台から見た土塁と桜です。


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南沖櫓台の東側にある水手門跡の向かい側に、米蔵があります。

この米蔵の建物は復元で、現在は休憩所になっています。

説明板によると、古絵図や古文書によると、かつてこの場所に2棟ないし3棟の米蔵があったそうです。


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さて、本丸、二ノ丸と攻略しましたが、もう1回だけシリーズを続けます。




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by sakanoueno-kumo | 2019-02-20 16:49 | 兵庫の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

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