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記録にも記憶にも残る希代の天才打者・イチロー選手、ついに引退。

イチロー選手引退を表明しましたね。

いつかはこの日が来るとは思っていましたが、やっぱ、もうちょっと見たかったですね、彼の勇姿を。

かつては50歳まで現役を続けたいという目標を語っていたイチロー選手でしたが、数年前までは、彼なら本当にやってのけるんじゃないかと思っていたのですが・・・。

でも、昨年、選手登録から外れたあたりから、この日が近いのではないかという予感はありましたよね。

残念です。

今朝のスポーツ紙、全部買ってしまいました。


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イチロー選手の輝かしい実績を挙げたらキリがないですが、日米通算4367安打のギネス世界記録はもちろん、メジャー通算3089安打は歴代22位の記録であり、生涯打率3割1分1厘は、3000本安打を達成した32人では最高の打率です。

メジャーに移籍した1年目の平成13年(2001年)には新人シーズン242安打(歴代1位)、平成16年(2004年)にはシーズン262安(歴代1位)、10年連続200安打(歴代1位)、5年連続両リーグ最多安打(歴代1位)、両リーグ最多安打7度(歴代1位)、たしか、メジャー通算2000安打もスピード記録だったはずです。

バッティングだけでなく、その肩はメジャー移籍1年目からレーザービームの異名をとり、10年連続ゴールデングラブ賞受賞は史上2人目の快挙。

走っても、通算509盗塁は歴代35位、500盗塁と3000本安打の両方を達成したのは、メジャー100年の歴史のなかで7人しかいません。


日本プロ野球時代を見ても、鮮烈なデビューとなった平成6年(1994年)の年間210安打は当時の歴代1位、7年連続首位打者(歴代1位)、首位打者7度(歴代1位)、年間打率3割8分7厘(パ・リーグ最高)、69試合連続出塁(歴代1位)、年間猛打賞26(当時歴代1位)、216打席連続無三振(歴代1位)、そして、日本通算1000安打もスピード記録でした。とにかく、彼の野球人生は、まさに記録ずくめといえます。


また、記録だけでなく、記憶にも残ったイチロー選手。

われわれ日本人ファンのなかで永遠に語り継がれるであろうシーンは、平成21年(2009年)のワールド・ベースボール・クラシック決勝戦で放った、あの延長10回のタイムリーでしょう。

シリーズ中、「心が折れかけていた。」と珍しく弱気な発言をするほど絶不調だったイチロー選手が、最後に魅せた渾身の一打

昭和の古いプロ野球ファンの方々が、記憶に残る名シーンとして天覧試合での長嶋茂雄選手のサヨナラ本塁打を挙げますが、平成の野球ファンにとっては、一番の名シーンはあのイチロー選手の伝説のタイムリーで異論はないんじゃないでしょうか。


それから、われわれ神戸市民にとって忘れられないのは、阪神・淡路大震災の翌年の平成8年(1996年)、延長10回裏にオリックスのリーグ連覇を決めるサヨナラ二塁打を放ち、前年のリーグ優勝時に果たせなかった「神戸での胴上げ」を実現したシーンです。

阪神・淡路大震災以降、イチロー選手を始めとするオリックスの選手たちは「がんばろうKOBEスローガンを袖口に縫い付けたユニフォームを身にまとい、復興のシンボルとしてリーグ連覇を成し遂げ、イチロー選手自身も、平成7年(1997年)の震災の年には首位打者、打点王、盗塁王、最多安打、最高出塁率のタイトルを獲得し、史上初の「打者五冠王」に輝きました。

あのとき、まさにイチロー選手は被災地に輝く希望の星でした。

今でもイチロー選手は神戸を第二の故郷と語っており、それが、神戸市民にとっての誇りでもあります。


あと、わたし個人的な思い出でいえば、平成6年(1994年)9月に第一子となる長男が生まれたのですが、ちょうどその年はイチロー選手が鮮烈な一軍デビューを果たした年で、9月といえば、まさに「史上初の200安打成るか!」と世間が注目していたときで、息子が生まれた9月13日に、元阪神の藤村富美男選手が持っていた最多安打記録191本を44年ぶりに更新したのを覚えています。

そんなイチローフィーバーにあやかって、地元の兵庫銀行(現みなと銀行)では、イチロー選手の200本安打を記念した「イチロー定期」という5年ものの定期預金が企画され、イチロー選手のシーズン最終打率3割8分5厘にちなんで利率3.85%という今では考えられない高利率で販売されたため、これも何かの縁と思い、息子の出産祝いにいただいたお金をそのままそっくりイチロー定期に預金しました。

証書には、200本安打を達成したときのネッピーとイチロー選手の写真が印刷されています。

いまとなってはお宝ですね。


あれから四半世紀、その息子も現在24歳になりました。

小・中・高と野球をやっていましたが、イチロー選手のような素質には恵まれず、普通に大学を出て、いまは会社員になっています。

その息子と同い年なのが、エンゼルスの大谷翔平選手です。

つまり、イチロー選手が史上初の200安打で世間の注目を浴びた年に、大谷選手は生まれたんです。

そう考えれば、イチロー選手が刻んできた歴史って、とてつもないですよね。


昨夜の記者会見の席で、今後の身の振り方についての質問に対して、「監督は絶対に無理。人望がない。」などと冗談交じりに語っていましたが、それで言うなら、名将・野村克也氏や落合博満氏なんかも、選手時代、決して万人から愛されるキャラではなかったですよ。

そのノムさん語録に、こんな言葉があります。


「財を遺すは下、仕事を遺すは中、人を遺すは上なり」


金を稼いだだけでは下人、実績を残してもまだ凡人、人を育ててこそ初めて立派な人といえる、ということですね。

その意味では、これだけの偉業を成し遂げたイチロー選手でも、まだ凡人ということになります。

地位と名声を残した人には、その得手不得手にかかわらず、次の人材を育成する責務がある、そういう言葉なんじゃないでしょうか。

イチロー監督の野球、ぜひ見てみたいものです。


とにもかくにも、28年間お疲れさまでした。

イチロー選手という希代の天才打者と同じ時代を生きれたことを幸せに思います。

昭和を代表するプロ野球選手がONなら、平成の代表は間違いなくイチロー選手と断言しても異論はないでしょう。

その平成の代表が、まさに平成の終わりに一線を退く。

出来すぎのシナリオですね。


「小さいことを重ねることが、とんでもないところに行くただひとつの道」


平成16年(2004年)、メジャー年間最多安打記録を84年ぶりに更新したときのイチロー選手の言葉です。

再来週には新しい元号が発表されますが、次のステージでは、どんなとんでもないところに連れて行ってもらえるのか楽しみです。

これからも、鈴木一朗氏から目がはなせません。



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by sakanoueno-kumo | 2019-03-22 23:19 | プロ野球 | Comments(2)  

Commented by heitaroh at 2019-03-26 16:46
TBしようと思ったのですが、久しぶりすぎて、やり方が分からなくなってました。
Commented by sakanoueno-kumo at 2019-03-26 20:43
> heitarohさん

私も久々にTBさせてもらいました。
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