築城400周年の明石城を歩く。 その1 <中濠、東不明門、西不明門>
令和元年(平成31年)の今年、兵庫県明石市にある明石城が築城400周年を迎えました。
そこで、過日、その400周年を記念して明石城をじっくり歩いてみました。
現在、JR明石駅の北側にある明石公園内に、その一部が残っています。
上の写真はその明石公園の南東外周から見た濠。
往時は三ノ丸の外を囲う中濠でした。
右側に見える石垣は三ノ丸の南東にある東不明門(ひがしあけずもん)の石垣です。
石垣は打込み接ぎですね。
では、その東不明門を見てみましょう。
東不明門は、別名「明ノ門」とも呼ばれていました。
枡形虎口。
往時は2階建ての櫓門がありました。
石垣の上に登ってみます。
櫓台石垣の上から見下ろした枡形虎口。
東不明門を抜けると、三ノ丸庭園に繋がります。
往時は、ここは家老屋敷への専用入口でした。
向こうに本丸の巽櫓が見えます。
ひとまず城内には入らず、中濠に戻ります。
中濠沿いに西へ歩きましょう。
築城400周年を記念した幟や看板が設置されています。
中濠南中央の太鼓門が見えますが、大手門にあたるここはひとまずスルーして、さらに中濠を西へ向かいます。
中濠の西の端まで歩いてきました。
東を振り返ります。
中濠は東西550mほどあります。
向こうに見えるのは、明石天文科学館の塔。
東経135度の日本標準時子午線の直上に立つ塔です。
つまり、東は北海道から西は沖縄まで、日本の時刻はすべてここ明石の時刻に統一されているわけです。
ある意味、日本の中心地といっていい町です。
中濠南西には、西不明門(にしあけずもん)があります。
現在は明石公園の駐車場入口となっています。
1時間200円。
良心的な値段です(笑)。
枡形虎口の駐車場入口です(笑)。
日本広しといえども、枡形の石垣を進む駐車場は、なかなかないんじゃないでしょうか。
江戸時代の縄張図によると、往時はこの西不明門を入るとすぐに内濠があり、その中に居屋敷郭があったとされていますが、現在は明石トーカロ球場があります。
かつてはプロ野球の試合もときどき行われていた立派な球場です。
さて、城外に戻って中濠沿い西側です。
ここ明石城は、元和3年(1617年)に信州松本城主より初代明石藩主となった小笠原忠真が、元和5年(1619年)、江戸幕府二代将軍・徳川秀忠の命により、岳父にあたる姫路城主・本多忠政の協力を得て築城したものです。
中濠西側は石垣がなく、土塁が南北に伸びています。
西不明門から200mほど北上したあたりで中濠は終わっており、公園への入口があります。
でも、縄張図を見ると、中濠はもっと北まで続いており、こんな入口もありません。
おそらく、この入口は明治に入って公園整備された際に作られたものでしょうね。
上の写真は江戸時代の縄張図です。
本稿はこのあたりで、「その2」では城内にお入ります。
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by sakanoueno-kumo | 2019-08-21 11:31 | 兵庫の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)