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築城400周年の明石城を歩く。 その5 <本丸~巽櫓、坤櫓、艮櫓跡~>

「その4」の続きです。

いよいよ、明石城の主要部に向かいます。


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「その3」で紹介した南帯郭虎口に戻って、石段を登ります。


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石段を登りきったところが右にカーブしていて、食違い虎口になっています。

ここに、「大ノ門」という櫓門がありました。


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櫓門跡の石垣です。


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振り返ると、向こうに明石海峡大橋が見えます。


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大ノ門を過ぎると、東にまた櫓門跡の石垣がみえます。

ここは「番ノ門」という名称の門で、本丸の東側虎口です。


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番ノ門前から左(南)を見ると、巽櫓があります。


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番ノ門から本丸に入ります。


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番ノ門内側と巽櫓です。


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本丸です。

明石城の本丸は東西114.5m、南北116.4mのほぼ正方形で、面積は約1万ヘクタールあります。


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小笠原忠真の築城当時はここに本丸御殿があったようですが、寛永8年(1631年)、三ノ丸下屋敷台所より出火した火災により本丸にも火がまわり、消失してしまいました。

以後、本丸御殿は再建されず、藩主の居屋敷は三ノ丸に建てられ、本丸には四隅に櫓を建て直し、塀でつないだとされています。


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明治維新後は明石神社が創建され、その後も飲食店人形館などが設けられていましたが、現在は芝生の広場となっており、巽櫓坤櫓の2現存櫓として残されています。

では、その櫓を見ていきましょう。

まずは、本丸南東隅にある巽櫓です。


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巽櫓の大きさは、桁行五間(9.03m)、梁間四間(7.88m)、高さ七間一寸(12.53m)

同じ明石にあった船上城から移築されたと伝わっており、一説には、船上城の天守だったとも言われています。


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「その2」で紹介した南面には窓がありましたが、西面、北面にはが1か所も設けられておらず、破風も南面には千鳥破風唐破風がありましたが、本丸側から見ると、西面の一重目と北面の二重目に千鳥破風があるのみです。

あくまで三ノ丸側から見上げる南面が巽櫓の顔ということでしょう。


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私が訪れたこの日は、築城400年記念とあって巽櫓の中が一般公開されていました。

中を見てみましょう。


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巽櫓の中です。


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階は一間半、2階は一間の武者走り(入側廊)が周囲をめぐります。

3階は1室のみで武者走りはないそうです。

ただ、この日公開されていたのは1階のみ。


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2階に上がる階段

というか、ほとんど梯子といっていい角度です。


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櫓は松材などの柱や梁によって支えられており、などは使用されていません。

平成7年(1995年)の阪神・淡路大震災時に多くの石垣が崩落したにもかかわらず、櫓自体が倒壊しなかったのは、明治34年(1901年)の宮内庁による修理で、入側柱筋に加えられた筋違の効果によるものだったようです。


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外に出て、西側にある土塀内側の展望台から見た巽櫓です。


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そこから目を少し右(南)に向けると、遠くに明石海峡大橋が見えます。


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展望台から南側の三ノ丸を見下ろします。

その向こうに見えるのがJR明石駅


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そのまま西側に目を向けると、土塀の端に坤櫓が見えます。

その向こうに見えるのが、「その4」で紹介した明石球場(現・明石トーカロ球場)です。


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巽櫓と坤櫓を結ぶ土塀は、阪神・淡路大震災によって崩落した石垣を修復した平成12年(2000年)に、100年ぶりに復元されたものです。

向こうに見えるのは巽櫓。


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土塀には様々な形をした鉄砲狭間が。


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鉄砲狭間から三ノ丸を見下ろします。


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そして、土塀の最西端には、坤櫓があります。


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坤櫓は本丸南西隅に位置し、明石城内で最大規模の3重櫓です。

天守が築かれなかった明石城の天守代用として使われました。

櫓の大きさは、桁行六間(19.94m)、梁間五間(9.15m)、高さ七間二尺九寸(13.28m)あります。

伏見城から移築されたといわれています。

本瓦葺、妻部を南北に置く入母屋造りで、巽櫓が南を向いているのに対し、坤櫓は西を向いています。

その理由は、明石城には西国大名を監視する役割があったからだと考えられています。


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巽櫓と違って正面から見えない北面と東面にも窓があり、北面一重目には千鳥破風を配し、東面二重目には軒唐破風の上に千鳥破風を飾っています。

これを見ても、坤櫓が明石城の要の櫓だったことがわかります。


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残念ながら、坤櫓の中はこの日は一般公開されていませんでした。


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現存する櫓は巽櫓と坤櫓のふたつだけですが、かつて本丸にはあと2つ、艮櫓乾櫓がありました。


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現在、本丸北東の艮櫓跡には、その場所を示す駒札説明板が置かれています。


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説明書きによると、艮櫓は広さが五間(9.1㎡)あり、高さは六間一尺九寸(11.4m)であったといいます。

廃城後の明治14年(1881年)神戸相生小学校(現在の湊川小学校)の建築用材として取り壊されてしまったそうです。

また、本丸北西にあった乾櫓も、明治34年(1901年)に解体され、状態のよい木材や瓦の一部が巽櫓と坤櫓の補修材として転用されたそうです。


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さて、櫓だけでめっちゃ長くなっちゃいました。

次稿、もう1回本丸を歩きます。

「その6」につづきます。




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by sakanoueno-kumo | 2019-08-29 00:03 | 兵庫の史跡・観光 | Comments(0)  

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