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築城400周年の明石城を歩く。 その9 <織田家長屋門・明石駅>

「その8」の続きです。

前回までで明石城内はすべて攻略しましたが、「その1」で紹介した中濠南西の西不明門(にしあけずもん)の南側に、古い屋敷門跡があります。


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この門は「織田家長屋門」といい、明石城築城当時から、歴代家老・重臣が住んでいた屋敷の門跡です。


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「織田家」「織田」は、あの織田信長の一族にあたる家系だそうで、代々明石藩家老を務めました。


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明石藩家老の織田家は、織田信長の叔父である犬山城主織田信康を祖とします。

信康は尾張統一を目指す甥の信長に領地を奪われ、信康の子・織田信清は信長に敵対して敗れますが、その子・津田(織田)信益は許されて信長に仕え、のちに豊臣秀吉に仕え、晩年は越前の結城秀康(徳川家康の次男)に仕えます。

信益の子・織田信勝は初代大野藩主の松平直良に仕え、その直良の子・松平直明が明石藩に移封となると、織田家も共に明石へ移り、以後、代々明石藩家老としてこの屋敷に居を構えていたそうです。


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長屋門は江戸時代から現存するもので、明石市の文化財に指定されています。


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もとは門の西側に棟割長屋4軒納屋2軒があったそうですが、昭和20年(1945年)の空襲で焼失し、門のみが残ったそうです。


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門に使用されている太鼓鋲、蝶番、飾り金具などは室町時代の様式で、明石城築城時に破城となった船上城の門を移築したと伝えられています。

明石城が今年築城400年なら、この長屋門も築400年ということになりますね。


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さて、これで明石城をすべて制覇しましたので、帰路につきました。

写真はJR明石駅のホーム上からの北側の眺望です。

手前に見えるのが中濠その向こうに、本丸、二ノ丸、東ノ丸の高石垣が東西に長く伸びています。

以前は、本丸の櫓はここから見えていましたが、石垣は樹木に隠れてほとんど見えませんでした。

最近、その木が伐採されて、石垣が露出して見えるようになったんですね。


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左が坤櫓、右が巽櫓です。


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坤櫓にズーム。


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巽櫓にズーム。


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そして、こちらは二ノ丸と東ノ丸の高石垣です。


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さて、これで帰路についた私でしたが、ここを訪れたのは令和元年(2019年)6月1日だったのですが、ちょうどこの日から築城400年事業の一環で、夜に本丸の櫓がライトアップされるということを知りました。

せっかくなので、夜も見てみようじゃないかと思いたち、この日の夜、再び明石を訪れることにしました。

あと1回、「その10」に続きます。



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by sakanoueno-kumo | 2019-09-05 23:29 | 兵庫の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

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