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天下布武の象徴、安土城攻城記。 番外編 <安土城考古博物館、信長の館>

「その10」の続き、番外編です。

安土城跡から車で5分ぐらいのところに、安土城関連の展示館が2ヶ所あります。

まず訪れたのは、安土城考古博物館


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ここで目を引いたのが、復元模型でした。


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上の写真は、「その3」で紹介した伝羽柴秀吉邸跡の復元模型。

上下2段に分かれた郭で構成は、まさに、さっき歩いた遺構そのままですね。

こういうのを作ってもらえると、たいへんわかりやすい。

ちなみに、右側の石段が大手道石段です。


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その大手道石段の模型。

上の写真は、安土城築城時の大手道の想像模型です。


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こちらは、昭和の発掘前の大手道

幕末の火災によって焼失した摠見寺(参照:その10)が、その後、昭和7年(1832年)に大手道脇の「伝徳川家康邸跡」に移築された際(参照:その4)、大手道の一部を埋め立てて石垣を築いたため、まっすぐ伸びていた大手道石段は姿を消し、大手道は石垣を大きく迂回するかたちになっていたそうです。


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つづいて、発掘中の大手道

往時のまっすぐの大手道石段が姿を表しました。


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そして、発掘整備後の大手道

現在の大手道ですね。

大手道の変遷がよくわかります。


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続いて、安土城考古博物館のとなりにある「信長の館」にやってきました。


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館内には、安土城天守の5階と6階が実物大で復元されています。


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35mm換算の広角レンズを使っても、全景を撮ることができません。


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安土城天守は絵図などの史料は残っておらず、その姿は定かではありません。

この復元天守は、古文書などの元に研究者が想像したもの。

つまり、復元天守ではなく、想像天守です。


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「その8」で紹介したポルトガル宣教師ルイス・フロイスの記述によると、「ヨーロッパにも例がない絢爛豪華な建物」絶賛しています。

フロイスは「ある階層は紅く、またある階層は青く、最上階は全て金色である。」と記述しており、この復元天守は、その赤の階層と、最上階の金色の階層となります。


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5階は内陣外陣囲う八角形構造になっており、内陣のなかは金箔の壁と釈迦説法図襖絵に囲まれた総朱塗りの床の中央に、2枚のが敷かれています。


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こんな部屋、落ち着かないだろうなあ。


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外陣も総朱塗りの廊下になっており、壁には双龍争珠図などが描かれています。


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黄金の最上階を見上げます。


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最上階に上ってきました。


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こちらは、フロイスの記述も『信長公記』の記録も、どちらも金色だったと伝えていますから、金箔貼りだったことは間違いないでしょう。


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も金です。


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最上階の内部は、黒塗りの柱と床をベースに、壁は総金箔貼りとなっています。


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何度も言いますが、これはあくまで想像の天守。

実際に織田信長がもしこれを見たら、ぜんぜん違う!と言って殺されるかもしれません(笑)。


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こちらは、館内にある50分の1の復元模型

こっちの方がわかりやすいです。


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そして、館内の展示で興味深かったのは、本能寺の変の約半月前の天正10年5月15日(1582年6月15日)、織田信長が武田勝頼討伐に功をなした徳川家康穴山梅雪を安土城に招待してもてなした際の饗応メニューのレプリカの展示です。

これは、詳細な献立の史料が残っているそうで、ほぼ忠実に再現できるそうです。


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こちらが本膳

問題の鮒寿司があります。

このとき、信長は魚が腐っているといって激怒し、饗応役を務めていた明智光秀足蹴にしたといい、その怨恨が、本能寺の変に繋がったという説がありますよね。

そのときの腐った魚というのが、この鮒寿司だったんじゃないかと言われています。

鮒は近江の高級食材だったのですが、海産物が豊かな尾張や三河の信長や家康にしてみれば、臭みの強い鮒は口に合わず、腐っていると勘違いしたのではないかと。

光秀にしてみれば、最高級の料理でもてなしたつもりだったのでしょうが、たしかに、現代でも好き嫌いに分かれることが多い鮒寿司のチョイスは、ちょっと失敗だったかもしれません。


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こちらは二膳

こちらにも、鮎、鯉などの淡水魚が揃っています。

鯉も癖が強い魚ですもんねえ。


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こちらは三膳

日本人はこんな昔からカニを食べてたんですね。


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こちらは与膳

また、鮒が出てきています。

鮒汁は近江の特産だそうですが、これも口に合わなかったかもしれませんね。


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そして五膳

汁は鴨の汁だそうです。


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最後に御菓子

いわばデザートですね。

すごいコース料理です。


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饗応役でのトラブルが本能寺の変に繋がったかどうかは定かではありませんが、この夜、何らかの理由で光秀が信長から叱責されたのは事実のようです。

ルイス・フロイスの記述によると、「この饗応の準備について信長は光秀と言い争いになり、怒った信長が、光秀を一度か二度足蹴にした」と伝えています。

今年の大河ドラマは明智光秀が主人公の『麒麟がくる』ですが、この饗応役のエピソードは、果たしてどのように描かれるでしょうね。


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さて、番外編まで続いた安土城攻城記でしたが、このへんで終わりにします。

長々とお付きあいいただき、ありがとうございました。




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by sakanoueno-kumo | 2020-02-16 01:55 | 滋賀の史跡・観光 | Trackback | Comments(4)  

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Commented by noboru-xp at 2020-02-16 07:37
先日はご訪問、イイネ!ありがとうございました。
腐った魚=鮒寿司が、本能寺の変につながった説、
とても面白いですね。勉強になりました。
Commented by sakanoueno-kumo at 2020-02-17 11:55
> noboru-xpさん

こちらこそ、コメント、イイネ!ありがとうございます。
まあ、俗説の類ですけどね。
話としては面白いですが。
最近では、怨恨説はあまり採られませんね。
Commented by heitaroh at 2020-02-19 07:45
安土に博物館ができてたんですね。私が行ったときとはずいぶん変わったような気がします。
Commented by sakanoueno-kumo at 2020-02-19 16:38
> heitarohさん

わたしも十数年ぶりに訪れたのですが、博物館だけでなく、城跡自体も以前より整備されて進化していたように思います。
城跡が進化するってのも、どうかとは思いますけどね。
もっとも、わたし自身が、十数年前と今とでは城跡の縄張りや石垣を見る目か進化しているので、そう見えたのかもしれませんが。

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