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近江坂本城跡を歩く。 その2 <本丸跡>

「その1」で紹介した坂本城址公園から150mほど北上したところに、かつて坂本城本丸があったとされます。

現在、その場所には、「坂本城本丸跡」と刻まれた石碑があります。


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石碑の説明文は読みにくいですが、こうあります。


坂本城は、元亀2年(1571年)織田信長による山門(延暦寺)焼き討ちの後、明智光秀により東南寺川河口に築かれた水城としてよく知られている。

天正14年(1586年)大津城築城までの間栄えた城であり、当地の発掘調査ではじめて、坂本城本丸の石垣や石組井戸・礎石建物等が発見された。


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ここは以前、企業の研修所があったようですが、ここを訪れた平成30年(2018年)8月現在、企業さんが手放されたのか、看板が撤去された無人の建物だけになっていました。

「その1」にあった案内MAPによると、この本丸跡の湖岸に坂本城の石垣があるといいます。

行ってみましょう。


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湖岸にやってきました。

たしかに石垣があります。


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これがそうでしょうか?


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確かに石垣の遺構のようにも見えますが、後世のもののようにも思えますが、あとで調べてみると、石垣の遺構は琵琶湖が渇水して水位が下がったときのみ姿を表すそうなので、これは違うようです。

まぎらわしいですね。


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ポルトガル宣教師ルイス・フロイスの著書『日本史』には、坂本城についてこう記されています。


「明智は、都から4レーグァほど離れ、比叡山に近く、近江国の25レーグァもあるかの大湖のほとりにある坂本と呼ばれる地に邸宅と城砦を築いたが、それは日本人にとって豪壮華麗にもので、信長が安土山に建てたものにつぎ、この明智の城ほど有名なものは天下にないほどであった。」


フロイスの個人的な感想ではありますが、彼の目には安土城に勝るとも劣らない豪壮華麗な城に見えたようです。


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本丸跡から見た琵琶湖北東の対岸です。

たぶん、写真左端に見える山々の一角が、安土城だと思うのですが・・・。


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さて、本丸を制覇したので、二ノ丸、三ノ丸に向かいます。

「その3」につづきます。




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by sakanoueno-kumo | 2020-02-21 00:24 | 滋賀の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)  

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