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麒麟がくる 第26回「三淵の奸計」 ~阿君丸の急死~

麒麟がくる 第26回「三淵の奸計」 ~阿君丸の急死~_e0158128_17561347.jpg 永禄11年4月15日(1568年5月11日)、越前一乗谷にいた足利義昭は、京都から前関白の二条晴良を越前に招き、ようやく元服式を行いました。烏帽子親を務めたのは朝倉義景だったといいます。通常、元服は15歳頃に行うものでしたが、このとき義昭は既に32歳。足利将軍家の慣わしで幼い頃から仏門に入っていたため、まずは「僧」から「俗人」に戻る還俗を済ませたあと、元服の儀となります。これで、ようやく義昭は正式に時期将軍候補となりました。ところが、奈良を脱出してから3年近くグズグズしている間に、畿内では三好三人衆らが工作し、この2ヶ月前、朝廷から足利義栄に対して将軍宣下がなされ、第14代将軍に就任していました。これを知った義昭は、焦ったでしょうね。ドラマでは、奈良を脱出して早々に名を義昭と改めていましたが、実はこのときまで名は「義秋」で、この元服時に「秋」の字は不吉として「義昭」に改めています。


麒麟がくる 第26回「三淵の奸計」 ~阿君丸の急死~_e0158128_18280951.jpg 元服した義昭は、さっそく朝倉軍を後ろ盾に上洛・・・といきたかったのでしょうが、当の朝倉義景がなかなか重い腰を上げようとしませんでした。そもそも義景は越前に入った義昭をすぐに一乗谷に招かず、長い間、金ケ崎に留めおいていたことからみても、上洛には積極的ではなかったと考えられます。その理由はわかりませんが、よく言われるのは、義景は将軍とともに上洛して天下に一旗揚げようというような野心などなく、越前一国を治めて穏やかに過ごすことを望む凡庸な大名だったとされ、これまでのドラマや小説などでもそのように描かれて来ました。でも、今回の義景は少し違いますね。義景自信は上洛する気があるものの、朝倉家内の反対勢力をまとめきれず、なかなか一枚岩になれない。でも、これ、実際もそうだったかもしれません。この頃、越前は北側の国境に加賀一向一揆の問題を抱えており、背後に危険を背負いながらの上洛は、なかなか決断出来なかったのでしょう。ドラマで山崎吉家朝倉景鏡ら重臣たちが上洛に否定的でしたが、あるいは史実もそうだったかもしれませんね。


 そんななか、同年6月25日に義景の一粒種阿君丸という男児が急死してしまいます。享年7。ドラマでは描かれていませんでしたが、この少し前には阿君丸の生母で義景が寵愛していた側室の小宰相も死去しており、これに気落ちしてしまった義景は、失意に陥り、義昭を擁して上洛戦に臨むなど到底無理な状態となってしまいました。一人息子の急死ですから、気を落としてしまうのは理解できますが、この時代、幼児が夭折するというのはよくあることで、どこの大名でも、一人や二人は子供を亡くしています。それで政務を放棄してしまうほど意気消沈してしまうというのは、義景はやはり凡庸な大名だったのでしょうか。


この阿君丸の死について、『朝倉始末記』という軍記物によると、阿君丸の母が毒殺され、その影響から阿君丸も毒が原因で死亡したのではないか、という説があるそうです。後世に書かれた軍記物なので俄に信用はできませんが、朝倉氏は一族が多く同族争いも絶えなかったといわれるため、全く否定も出来ないかもしれません。今回のドラマでは、朝倉氏を見限って織田氏へ鞍替えしようとする三淵藤英と、上洛に反対する朝倉景鏡利害が一致し、はかりごとに及んだという設定でしたね。それを、重臣の山崎吉家黙認していた、と。面白いですね。仮に阿君丸が本当に毒殺されたとして、三淵がそれに関わっていたというのは無理があると思いますが、朝倉景鏡が毒殺したというのは、考えられなくもないかもしれません。景鏡は義景の従兄弟にあたる人物ですが、二人の関係はあまりよくなかったと言われ、ネタバレになりますが、後年、景鏡は義景を裏切り、朝倉家を滅亡に導く人物です。あるいは、本当に阿君丸を毒殺したかもしれませんね。今話のサブタイトルは、「景鏡の奸計」のほうが良かったかもしれません。


 阿君丸の死から間もない7月頃、尾張の織田信長が義昭に対して「上洛戦のお供をしたい」と申し出てきました。あてにしていた朝倉氏の後ろ盾を失っていた義昭にしてみれば、この申し出は、まさに渡りに船でした。義昭は喜悦し、すぐさま信長のもとに向かいます。この橋渡しをしたのが、他ならぬ明智光秀だったのではないか、と考えられています(諸説あり)。いよいよ、光秀が歴史の表舞台に登場します。



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by sakanoueno-kumo | 2020-10-05 18:11 | 麒麟がくる | Trackback | Comments(6)  

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Commented by kumikokumyon at 2020-10-06 11:03
最後に出てきた句が刻まれたものに義秋とありましたので、あれって思いました。そうだったのですね!架空の人物が多すぎというコメントが多いので今回はさらっと?濃姫が全くあらわれませんね、織田信長をもっと挟んだ方がドラマ的に面白いのでは?これからに期待ですね。
Commented by sakanoueno-kumo at 2020-10-06 20:41
> kumikokumyonさん

秋から昭に変わるだけで読みは変わらないので、視聴者が混乱しないようにドラマでは省略したのでしょうね。

>濃姫が全くあらわれませんね

そうなんですよね。
前半あれだけ信長を手のひらで転がしていたのに、再開してから影が薄いですね。
たぶん、光秀が信長に仕官する際に絡んでくるんじゃないでしょうか?

>織田信長をもっと挟んだ方がドラマ的に面白いのでは?

本当はそうしたいのでしょうが、尺的に難しいのでしょう。
これから、光秀と信長のダブル主役のような展開になっていくんじゃないでしょうか?
楽しみにしましょう。
Commented by heitaroh at 2020-10-09 18:24
私は、朝倉は滅びる以外に選択肢はなかったんだろうなという気で見ていました。
信長、家康が強いリーダーシップを発揮できたのは、スタートの時点で謀反を鎮圧したということが大きいという結論に達しました。
Commented by sakanoueno-kumo at 2020-10-12 13:07
> heitarohさん

なるほど、確かにそうですね。
ただ、信長の場合、尾張を統一して美濃を制覇したまでは良かったと思うのですが、その後、配下に入った武将たちからは、けっこう寝返られていますよね。
尾張、美濃時代からの家臣を譜代とすれば、それ以後に臣下となった松永久秀、荒木村重、小寺政職、赤井直正、波多野秀治など外様が、ことごとく謀反を起こしています。
明智光秀は美濃出身といわれますが、信長に仕えた時期でいえば外様といえ、やはり、本能寺の変は予測できた必然だったのだろうと思い至りました。
Commented by 鷲谷 壮介 at 2020-11-08 23:34 x
こんばんは、鷲谷です。

この回は幼子が毒殺されるという、心を大きく揺さぶる展開でしたね。

ただ、阿君丸が幼くして死亡したのは事実とは言え、それが三淵藤英の謀略であるという描き方は藤英がちょっとかわいそうな気がしましたw

しかし、物語としては非常に面白い展開であったと思っています。
Commented by sakanoueno-kumo at 2020-11-09 15:45
> 鷲谷 壮介さん

そうですね。
本文中でも延べましたが、阿君丸の毒殺説というのは実際にあるようですが、それに三淵が関わっていたというのは、ちょっと無理がありますね。
今回のドラマで、三淵藤英は朝倉氏と裏取引したり摂津晴門と通じていたり、妙に暗躍する役回りになっていますが、そもそも、私はこの三淵藤英という男のことをあまり知りません。
最終的には光秀、信長の敵となる人物で、それほど歴史的に有名な人物ではないですから、脚本的に便利使いされているようですね。

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