明智光秀ゆかりの愛宕山登山記。 その5 <山頂・片倉小十郎奉納絵馬>
「その4」のつづきです。
登山開始から約2時間、愛宕山山頂の参道に到着しました。

美しい紅葉が迎えてくれます。

登山客への戒めの看板。
心して参拝しましょう。

山頂の尾根上が愛宕神社の参道になっています。


上を見上げると、紅葉が青空を彩ります。


この日は令和2年(2020年)11月15日。
小春日和の温かい日で、紅葉狩り日和だったので多くの登山客で賑わっていましたが、さすがに標高924mの山頂は寒かった。
麓との気温差は10度ほどあるそうです。

私も、ここで昼食タイムです。

山頂の木々の間から、京都市内が見渡せます。

ズーム。

「献木の碑」と刻まれた石碑があります。
この日は太平洋戦争のレイテ沖海戦でアメリカ潜水艦の魚雷によって沈没した巡洋艦『愛宕』の慰霊碑だそうです。
巡洋艦『愛宕』には、ここ愛宕山にある愛宕神社より分霊された艦内神社があったそうで、昭和53年(1978年)にこの碑が建てられたそうです。


紅葉が彩る参道です。

山頂の愛宕神社の境内に向かう石段の前に「片倉小十郎奉納絵馬の由来」と書かれた看板があります。
片倉小十郎とは、片倉重綱(のちに重長と改名)のことで、伊達政宗の重臣です。

紹介が前後しますが、こちらが愛宕神社本殿内にある片倉小十郎重綱が奉納した絵馬の復元です。
愛宕信仰が篤かったとされる伊達政宗は、大坂夏の陣へ出陣の際、片倉重綱を愛宕山白雲寺へ向かわせ、戦勝祈願をさせたといわれます。
この絵馬は、その返礼として奉納されたものだそうです。
オリジナルは寛文5年(1665年)に火災によって消失し、その後、3代目の片倉景長によって再興され、さらに、8代目の片倉村典によって寛政12年(1800年)に再々奉納されたそうです。

大きさは幅4m✕高さ3mあるそうで、愛宕の神の使いとされるイノシシにまたがる日本一の烏天狗「愛宕太郎坊天狗」が描かれています。
本物は愛宕神社本殿裏手に掲げられているそうで、これは2分の1レプリカ。

ちなみに、片倉重綱(重長)は大坂夏の陣の際に真田信繁(幸村)の娘・阿梅を乱妨取りし、のちに継室にした武将です。
また、別の説では、信繁が重長を見込んで娘を託したという話もあります。

再び参道に戻って、愛宕神社境内案内図。

境内に向かうには、この石段を登らないといけませんが、つづきは「その6」にて。
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by sakanoueno-kumo | 2021-01-20 23:08 | 京都の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)
















