明智光秀ゆかりの愛宕山登山記。 その7 <月輪寺参道~清滝>
「その6」のつづきです。
愛宕神社を参拝したので、下山の途につきます。

約2時間かけてせっかく登ってきたので、なんとなく名残惜しい気分になります。
山に登るといつも思うことですが、登山が険しければ険しいほど、下山するのが惜しくなりますね。

上りは清滝登山口から表参道を登ってきましたが、せっかくなので、帰りは別ルートの月輪寺参道で下山することにしました。
月輪寺参道は愛宕神社への石段の脇から東に向かいます。

月輪寺参道は、その名のとおり愛宕山中腹にある月輪寺を経由します。
誘導板には「月輪寺を経て清滝へ90分」とあります。

下り始めてすぐ、京都市内を一望できる場所に出ました。
これは気持ちいい。

東には比叡山が見えます。

比叡山にズーム。
京都洛中から見ると、東に比叡山、西にここ愛宕山を仰ぎ、どちらも古くから信仰の山として崇められてきました。

洛中にズームすると、遠くに京都タワーが見えます。

明智光秀の時代には、ここから織田信長が宿としていた本能寺が見えたかもしれません。
本能寺の変の3日前にここを訪れ、有名な「ときハ今 あめが下しる 五月哉」を詠んだ光秀。
この景色を見ながら何を思っていたでしょう?

桂川が見えます。
嵯峨嵐山の渡月橋も見えます。

遥か向こうにには大阪の山々も見えます。
空気が澄んでいる日は、あべのハルカスも見えるそうです。

さて、景色を堪能したので、下山します。

ところが、下り始めてすぐに後悔。
道幅も広くハイキングコースとして整備されていた表参道とは違い、道が険しい。

道が狭い上に細かくつづら折りになっていて、石がゴロゴロして滑りやすい。
ケガをしないよう慎重に下ります。

15分ほど下ると、月輪寺参道と大杉谷道の分岐点につきます。

今回は月輪寺参道で下山します。

道が悪いので、慎重に。

往路はあれだけ多くの登山客とすれ違ったのに、月輪寺参道はまったく人がいません。
ほぼ私だけ。

40分ほど下ったところに、チェーンがかけられ、何か書いています。

この先が月輪寺の境内のようですが、コロナウィルス予防のため、月輪寺境内はマスク着用の上、休憩などの行為はやめてください、とのこと。
ここを訪れたのは令和2年(2020)11月14日、この年は新型コロナウィルス感染症の流行で世界中が大騒ぎとなった年でしたが、マスク着用は当然として、休憩もだめなのか・・・。
世知辛いですね。

紅葉が綺麗です。

ここからも洛中の眺望がききます。

ズーム。

月輪寺です。

寺伝によれば、天応元年(781年)、慶俊僧都の開基と伝えられ、寺名は地中より掘り出された宝鏡の背面に刻む「人天満月輪」の銘によっているそうです。
その後、空也上人も当寺に参籠したといわれ、境内清泉龍女水は、上人と清滝龍神の話を今に伝えています。

平安時代の末期には、九条兼実がここ月輪寺に閑居し、兼実を訪れた法然上人、親鸞聖人が、それぞれ刻んだといわれる三祖像が残っているそうです。
また、本堂前の時雨桜は、別離を惜しんだ親鸞が手植したものといわれているそうです。

その時雨桜です。
看板には「志ぐれ桜」とあります。

親鸞像。

紅葉が綺麗ですね。

ここ月輪寺の地点で標高559m。
まだまだ先は長い。

月輪寺をあとにして、先へ進みます。

相変わらずつづら折りの険しい坂道がつづきます。

道中にあった石碑。
「是より月輪寺四丁」とあります。

だんだん膝が痛くなってきました。

ようやく山道が終了のようです。

小川が流れています。

石橋を渡って・・・。

ここが月輪寺参道の登り口です。
山頂の誘導板には、月輪寺を経由して清滝まで約90分とありましたが、下山し始めてすでに100分が経過していました。

が、ここはまだ清滝の集落ではなく、ここからまだ清滝川に沿って3km以上歩かなければなりません。

もう膝が限界です。

清滝の集落に戻ってきたのは、山頂から約2時間10分。
山頂から90分はガセネタでした。
表参道での登りがちょうど2時間だったのに、下山で2時間以上かかってしまった。
どうりで、月輪寺参道には人がいなかったはずです。


「その1」で見た紅葉の景色。
太陽の下の紅葉も良かったですが、こうして陽が陰った紅葉も、また良しです。

清滝川に架かる渡猿橋です。

ここは午前中の晴れたときにも見たかったですね。

ここ清滝は京都では数少ない納涼避暑地として、松尾芭蕉や与謝野晶子などもこの地に逗留し詩を詠んだそうです。

登山のあとの紅葉狩り。
この日は午前10時すぎにここ清滝を訪れ、愛宕山を参拝して下山したのが午後4時過ぎ。
実に6時間の愛宕山参詣でした。
ブログ村ランキングに参加しています。
よろしければ、応援クリック頂けると励みになります。
↓↓↓
by sakanoueno-kumo | 2021-01-23 23:50 | 京都の史跡・観光 | Trackback | Comments(0)
















