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備中高松城跡と古戦場を歩く。 その1 <高松城址公園・三ノ丸~二ノ丸>

過日、羽柴秀吉(豊臣秀吉)水攻めで有名な備中高松城跡を訪れました。

現在、城跡は「高松城址公園」として整備されています。


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城跡は国の史跡に指定され、「続日本100名城」にも選定されています。


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公園の入口には、水攻め築堤跡高さ表示板が設置されています。


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その横にある説明板。

天正10年(1582年)、織田信長の命を受けた羽柴秀吉は、3万の軍勢を率いて備中南東部に侵入。

毛利方の諸城を次々と攻略していき、最後に残ったのが、ここ備中高松城でした。

時の城主は清水宗治

秀吉は城を包囲し、降伏すれば備中一国を与えるという条件で開城を求めますが、義を重んじる宗治はこれを拒否。

農民らを含む6500人で籠城します。


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籠城戦の布陣案内盤があります。


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備中高松城は深田沼沢の中に囲まれた平城で、水面との比高がわずか4mしかなく、人馬の進み難い要害の城でした。

攻めあぐねていた秀吉に、参謀の黒田官兵衛奇策を献策するんですね。

すなわち、日本史上初の「水攻め」です。


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沼地に囲まれて攻めづらいのであれば、逆にその湿地帯を利用して水没させてしまおうという作戦です。

いわゆる逆転の発想ですね。

その方法は、高松城近くを流れる足守川を堰き止めて流れを変えるという大掛かりな計画でしたが、秀吉軍は尋常ならざる突貫工事を強行し、超短期間で堤を完成させます。

土木工事は秀吉の得意中の得意ですからね。

季節はちょうど梅雨だったこともあり、たちまちにして城は本丸のみを残して水没したといいます。


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このあたりは三ノ丸跡のようです。


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ということは、このあたりは水没した場所ですね。


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三ノ丸跡には、幟旗をなびかせた櫓風の建物があります。


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資料館にようです。

入ってみましょう。


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資料館内には備中高松城の戦いに関する様々な史料がところ狭しと展示されています。


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なかでも特に目を引くのが合戦時の様子を再現したジオラマ

これ、近所の中学生たちが自由研究で製作したんだそうです。

そのわりには、非常に出来がいい。

わたしも子供が小中学生の頃、一緒に自由研究を手伝ったりしましたが、こんなスゴイものは作っていません。

ってか、無理です。


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清水宗治像もあります。


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資料館を出て、二ノ丸跡を歩きましょう。


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二ノ丸跡と言っても、特に城の遺構が残っているわけではありません。

このあたりが二ノ丸だったというだけです。


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二ノ丸跡の案内板です。


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二ノ丸跡から秀吉が本陣を布いた石井山が見えます。


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ズームイン。


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二ノ丸と本丸の間の池に、「宗治蓮」と書かれた看板があります。

高松城址の整備の一環で沼を復元したところ、自然発生的にハスが繁殖し、美しい花を咲かせる蓮池となったのだとか。

かつて二ノ丸と本丸の間にあった池を蓮池と言ったそうで、400余年の間、地下に眠っていた蓮が、沼を復元したことによって蘇ったとすれば、まさに歴史のロマンですね。


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その蓮池に架かる橋を渡ると本丸跡です。

「その2」につづきます。




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by sakanoueno-kumo | 2021-03-20 00:07 | 岡山の史跡・観光 | Trackback(1) | Comments(2)  

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Tracked from 平太郎独白録 親愛なるア.. at 2021-04-21 19:33
タイトル : 備中高松城水攻めにみる心理的効果が黒田官兵衛の特徴
豊臣秀吉がまだ織田家の部将であった頃、「三木の干殺し、鳥取の飢殺し、高松城の水攻め」で中国地方を席巻したと言われてますよね。特に有名なのが城の周囲に延々と土堤を築き、川の水を引き込んで水没させて落とした備中高松城ですが、私がかねてより疑問だったのが、なぜ、ここだけ水攻めだったのか・・・ということでした。もちろん、他の2つと違い、水を貯めやすい地形だったということはあるのでしょうが、でも、他の2つは普通に兵糧攻めで落ちてるわけですから、別に水没させなくても落とせたんじゃないの?・・・と。で、さらに疑問...... more
Commented by heitaroh at 2021-04-21 19:31
高松城水攻め音頭ってありませんでした?
攻められてるんだから、水攻められ音頭だろうと突っ込みを入れたくなったのですが、なぜか歌えてしまう自分が怖かったです(笑)。
Commented by sakanoueno-kumo at 2021-04-21 23:57
> heitarohさん

高松城水攻め音頭、城跡公園内に歌詞が書かれた看板がありました。
でも、わたしは歌えません(笑)。

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