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青天を衝け 総評

 「日本資本主義の父」と称される渋沢栄一の生涯を描いた、令和3年(2021年)の大河ドラマ『青天を衝け』の全41話が終わりました。今年もなんとか全話レビューを起稿することが出来て安堵しているところですが、最後に、例年どおり今年の作品についてわたしなりに総括します。


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 まず、率直な感想からいえば、めっちゃ良かった。最高でした。どこがって、全部です。全話良かった。わたし的には、今世紀ナンバーワンの名作となりました。大河ドラマといえば、やっぱり戦シーンがなけりゃ、という人も多いでしょう。わたしも基本的にはそうです。なので、渋沢栄一の物語と聞いたとき、地味な経済史の話になるんだろうなぁと、当初はそれほど期待していませんでした。ところが、ふたを開けてみると、毎回実に見応えがあって引き込まれました。いやぁ、素晴らしかったですね。


 その理由は、いちばんはやはり史実、通説を忠実にきめ細やかに描いていたところです。歴史的事象はもちろん、栄一の身辺の出来事も、そのほとんどが史実や伝記どおりでした。これ、近年の大河ドラマでは、ほとんどなかったことです。昨年の『麒麟がくる』2018年の『西郷どん』もそうでしたが、史実、通説を無視して(あるいはスルーして)、作者の独自解釈のフィクションをぶち込む。物語ですから、フィクションはあってもいいのですが、しっかりとした知識に基づいたフィクションじゃないため、荒唐無稽で頓珍漢なものとなり、ストーリーを台無しにする。そういう作品がたくさんありました。今年の『青天を衝け』は、それがまったくなかった。作者の独自解釈とかはいっさいなし。幕末の前半は栄一の自伝がベースで、後半は自伝プラス娘・歌子の手記や当時の新聞記事などを隈なく読み込み、何ひとつ無駄な創作を加えなかった。それでいて、ちゃんとドラマとして成立している。素晴らしいですね。


 栄一以外の登場人物についても、徳川慶喜徳川斉昭、平岡円四郎、そして明治に入ってからの大隈重信伊藤博文、井上馨らの話など、ほとんどが史料に基づいて描いていました。特に明治に入ってからは詳らかな史料がたくさん残っていますから、台詞なども、現代語に訳されてはいますが、ほとんど記録に残っているものばかりでした。圧巻だったのは、徳川慶喜の大政奉還のときの大広間での台詞。実際の慶喜の朝廷への上表文を、見事に現代語訳していました。大政奉還はこれまでの幕末のドラマでも何度も描かれてきたシーンですが、大概は独自の設定を作って台無しにしちゃうんですよね。今回は今まででナンバーワンの大政奉還シーンだったと思います。それから、歴史的事象の時系列と登場人物の行動も、ちゃんと調べて描かれていたので、たとえば、この事件のときは栄一は京都にはいないはずだ、とか、このときは慶喜はまだ将軍にはなっていない、とか、そういう矛盾もまったくなかった。毎年ぜったいあるんですよ。この手のツッコミどころが。今年はわたしの知る限りではほとんどなかったと思います。お見事ですね。


 『青天を衝け』の公式サイトで脚本の大森美香さんのインタビューを読むと、大河ドラマの脚本を手掛けると決まったとき、まずはじめに思ったのは、「責任重大だ!」ということだったとおっしゃられています。そのため、膨大な資料を読み込んだと。そううでしょうね。それがよくわかりました。ていうか、大河ドラマの脚本を書くなら、そうでなきゃだめだと思います。歴史ドラマですからね。大森さんの取り組みが普通の姿勢。それが出来ていなかったんじゃないかと思われる作者の方が何人もおられます。


 じゃあ、史実や通説さえ描いていれば名作なのか、という意見もあるかと思います。だったら、ただのドキュメンタリーでいいじゃないか、と。でもそれは違います。ドラマである以上エンターテインメントですから、やはり面白くないとだめです。本作は、ドラマとしても面白かった。いちばん良かったのは、ドラマの構成、組み立てですね。本作の主人公は言うまでもなく渋沢栄一でしたが、裏ストーリーのもう一人の主人公は徳川慶喜だったと思います。この二人の主人公の物語が、くっついたり離れたりする。少年期の第1話から第13話までは、栄一と慶喜のそれぞれの物語が別々に並行して描かれ、その2人の物語が、平岡円四郎との出会いによって第14話でひとつになります。ところが、第22話から栄一がパリに行ったことで、また離れる。そしてパリから帰国した第26話でいったん近づきますが、新政府に出仕することになる第28話で、また離れる。でも、最終的には、慶喜の伝記編纂事業で第39話から、またひとつになるんですね。実に秀逸な構成だったと思います。ひとつのドラマで、栄一と慶喜、ふたりの物語を観た気分です。


特に慶喜の場合、これまで鳥羽伏見の戦い以降の明治の慶喜にスポットが当たることはあまりありませんでした。平成10年(1998年)の大河ドラマ『徳川慶喜』でも、明治は描かれませんでしたからね(あの作品はわたしは良い作品だったと思っていますが)。今回、明治の慶喜にスポットが当たったのは、何より新鮮でしたね。実は当初、慶喜役を草彅剛さんが演じられると知ったとき、ちょっとイメージが違うんじゃないかと思っていたんですね。というのも、私がイメージする慶喜は、頭の切れる鋭利な刃物のような貴公子で、草彅くんといえば、どちらかといえば温和で寡黙なイメージの役が多いですよね。だから、どんな慶喜になるのかなぁと思っていたのですが、作品を観終えたいま、草彅くんをキャスティングした意味がわかった気がします。明治の慶喜を描きたかったんでしょうね。ひたすら無言を貫いた明治の慶喜を。草彅慶喜、最高でした。


 徳川家康ナビゲーターも良かったですよね。似たようなパターンでいえば、平成12年(2000年)の大河ドラマ『葵徳川三代』のときの水戸光圀が思い出されますが、あのときは、子孫が先祖の話を語るというもので、あってもおかしくない設定でした。でも、今回は先祖が子孫の物語を語るという設定ですから、ここだけは完全なるファンタジー。どうなるのかと思っていたのですが、いや~、良かった。江戸幕府を作った家康だからこそ、その終焉を俯瞰して見届けられるということだったんですね。そして、そこには、幕府愛とでもいうか、子孫の慶喜への愛情が感じられました。印象深いのは、第23話の大政奉還のとき。上述した慶喜の大広間でのシーンのあと、家康に画面が切り替わったのですが、感慨無量といった感じで言葉を発しませんでした。無言のナビゲーター。でも、思いが伝わってくる。大河ドラマ史上に残る名シーンだったと私は思います。


 主役の吉沢亮くんも素晴らしかったですよね。国宝級イケメンと言われる吉沢くんですが、実はわたし、当初、配役が発表されたとき、彼のことをあまり知らなかったんですね。朝ドラでちょっとだけ観たことはありましたが、同世代でいえば、たとえば菅田将暉くんや神木隆之介くんとかに比べて知名度が低い気がして、ちょっと役不足なんじゃないの?とか、失礼ながら思っていました。ぜんぜんそんなことなかったですね。失礼しました。思えば、大河ドラマ史上最も高視聴率だった昭和62年(1987年)の『独眼竜政宗』で主役を演じた渡辺謙さんも、当時、それほど知名度の高くない28歳の若手俳優でしたが、これをきっかけに一躍国民的な俳優となり、今ではハリウッドスターです。吉沢くんも、これから大俳優の階段を上っていくのでしょう。


 橋本愛さん演じるお千代も良かったですよね。女性脚本家さんの描く女性像は、どうしても現代チックに自己主張の強い女性に描かれがちなんですが、本作は、お千代といい母のゑいといい、奥ゆかしい内助の功の女性像でした。橋本愛さんはまだ25歳だそうですが、『西郷どん』『いだてん』そして今回が3度目の大河です。大河女優として、これからもどんどん活躍してほしいですね。


 本作は映像も綺麗でしたね。とくに前半の血洗島村でのシーンは、藍染めの風景や刈り入れのシーン、一面菜の花畑の映像とか、物語を際立たせてくれました。映画を観ているようでした。


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 とまあ、何から何までケチのつけようのない今年の大河ドラマでしたが、それだけに残念なのが、41だったこと。もし、コロナで昨年の『麒麟がくる』が今年2月まで食い込んできていなければ、もし東京オリンピックが昨年に行われていなければ、おそらく50話近くあったでしょう。それが、コロナのせいで2月スタートになった。これで45話は少なくなったであろうと思うのですが、この短縮は、たぶんわりと早くからわかっていたでしょうから、その想定で早い段階から脚本を書き直すことができたでしょう。ところが、今年のオリパラは、寸前までやるかやらないかわかりませんでしたから、もし中止になったら、あと45は多かったはず。これは、撮影も佳境に差し掛かっていたでしょうから、たいへんだったでしょうね。先日、朝の情報番組「あさイチ」に出演されていた大森美香さんが、当初の予定よりこんなに回数が減ってしまうとは思っていなかったそうで、もっと書きたいという思いを最後の3回に凝縮したとおっしゃられていました。そうでしょうね。たしかに、最後の方はものすごい駆け足になっちゃいました。それが残念。めっちゃ残念。後半で45話分削るなんて、至難の業だっただろうと想像します。たぶん、あの話もこの話も、もっとじっくり描きたかったんだろうなぁと思うと、めちゃめちゃ残念です。


 そう思えるのも、本作がたいへん良い作品だったからです。大河ドラマ『青天を衝け』は、わたしにとっては名作中の名作となりました。史実、通説を丁寧に描けば、くだらない創作を入れなくてもこんなに面白いドラマになるという、お手本のような作品だったと思います。願わくば、もう一度、大森さんには大河の脚本を手掛けてほしいですね。今度は全50話の完全版で。とにもかくにも1年間楽しませていただき本当にありがとうございました。このあたりで『青天を衝け』のレビューを終えたいと思います。毎週のぞきにきていただいた方々、時折訪ねてきてくれた方々、コメントをくださった方々、本稿で初めてアクセスいただいた方々、どなたさまも本当にありがとうございました。


●1年間の主要参考書籍

『父 渋沢栄一』 渋沢秀雄

『渋沢栄一』 土屋喬雄

『渋沢栄一 人間の礎』 竜門冬二

『渋沢栄一 自伝』 渋沢栄一

『論語と算盤』 渋沢栄一

『論語と算盤 現代語訳』 渋沢栄一・守屋淳

『徳川慶喜』 家近良樹

『三菱を創った男 岩崎弥之助の物語 弥之助なかりせば』 池田平太郎

『明治大正昭和史』 中村隆英

『幕末史』 半藤一利

『最後の将軍-徳川慶喜-』 司馬遼太郎


●1年間の主要参考サイト

デジタル版『渋沢栄一伝記資料』


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by sakanoueno-kumo | 2021-12-30 09:44 | 青天を衝け | Trackback | Comments(10)

 

Commented by nicomachus at 2021-12-30 15:57
私も、「渋沢栄一」が主人公と聞いて、あまり期待してなかったのですが、みごとに予想を裏切られました。
変な脚色や創作を加えなくても、これだけ面白いものができるのたと、感服しました。
たしかにコロナの影響で話数が減って、特に明治以降が駆け足になった感はあり、そこは残念でした。
徳川慶喜を演じた草なぎくんもよかったです。
今回の大河は、登場人物の多くがナレ死、新聞死しましたが、これはこれでいいのではと思いました。
次の大河も楽しみですね。
Commented by sakanoueno-kumo at 2021-12-30 21:17
> nicomachusさん

おっしゃるとおりですね。
本文中でも述べましたが、わたし的には今世紀ナンバーワンの名作となりました。
ナレ死、新聞死については、わたしは大いに結構、むしろその方が自然だと思っています。
以前もどこかでお話したことがあったと思いますが、戦死や暗殺ならともかく、病死の場合、死に際に家族や主人公の手を握って、「今までありがとう」・・・ガクッ・・・みたいな最期って、嘘くさいと思いませんか?
それよりも、亡くなる少し前のまだ意識があった頃の会話を描いて、あとは「この数日後にその生涯を終えた」的な「ナレ死」の方が、よほど自然だと私は思います。
死ぬ寸前まで意識があって言葉を発せられる人なんて、そんなにいませんから。
でも、戦場で壮絶な死を遂げた平九郎や、凶刃に倒れた平岡円四郎とかは、ちゃんと死に際を描いていましたしね。
西郷や大久保は病死ではないですが、栄一の物語で詳細に描く必要はなかったかと。
Commented by 60代の歴史好きなおじさん at 2021-12-31 10:56
今年もお世話になりました。「史実、通説を忠実に描いた」。御意でございます。特にいつも薩長側から描いていた幕末が、幕府目線で描かれていたことに感動しました。徳川慶喜の名誉回復ですね。これからも歴史の道案内としてこのブログのご発展をお祈りします。次回作「鎌倉」も興味が尽きないところ、公家政治からどのように武家が権力をうばっていくのか?またどのように描かれるか楽しみです。それでは良いお年を。
Commented by sakanoueno-kumo at 2021-12-31 16:05
> 60代の歴史好きなおじさんさん

ことらこそ、毎年ありがとうございます。
本当に慶喜パート、よかったですよね。
わたしは元より、幕末の最大の功労者は維新三傑よりも慶喜だと思っているので、今回の汚名返上はうれしかったです。
かといって言って美化もせず、たとえば篤姫に罵倒されて切腹を求められるシーンや、和宮が慶喜の命などどうでもいいと言い放つシーンなど、ちゃんと史実どおり無様な姿も描いていました。
素晴らしかったと思います。
来年は、謀殺や暗殺だらけのドロッドロの殺戮史の鎌倉時代初期を、三谷さんがどう料理するのか、楽しみですね。
Commented by kumikokumyon at 2021-12-31 17:08
師匠の投稿を参考にさせて頂きつつ、この1年「青天を衝け」、しっかり楽しませて頂きました。
仰る通り脚本と演出が最高、麒麟にどっぷり嵌っていたはずがすんなり血洗島へ切り替わっておりました。
一人一人の登場人物の絡みも大変上質で嫌味なく、本当に最高の大河でした。最終回で孫に「今の日本はどうなってる?」と聞くところでウルッとなりました。
城跡巡りもまるで自分も歩いている様な詳しい解説が楽しかったです。来年はどこを登城されるのかしら?
まったくの余談ですが昨日の大阪証券取引所の大納会におディーン様がいらして挨拶をなさっていました。五代友厚とオーバーラップ、粋なことしますね。
さ、来年は「いざ鎌倉」!!
Commented by sakanoueno-kumo at 2021-12-31 20:13
> kumikokumyonさん

こちらこそ、貴姉のブログで美味しそうなお店をいっぱい見させていただきましたが、相変わらずラーメンばっか食ってます(笑)。
来年こそは参考にさせてもらって食べに行きたいです。

ディーンさん、もう五代が乗り移ってそうですね。
来年の大河、三谷さんのちょっとコミカルな作品は大河らしくないといって敬遠するかたもおられますが、三谷さんも今年の大森美香さんに負けないぐらい史料をちゃんと読み込んで脚本を書かれる方です。
どんなドラマになるか楽しみですね。
来年もよろしくお願いします。
Commented by ruby at 2022-01-02 02:16
私も当初さほど凄く期待していなかったのですが、蓋を開けたら色々本当に素晴らしく、完走出来て本当良かったです!!史実を上手く調理する事で、如何様にも名作になるという事をそりゃあ面白かった部分はちゃんとありましたが、大森先生のそうした覚悟を麒麟がくるの池端先生他制作陣にはちょっと見習って欲しいと思いました(上から目線の言い方ですが)。ヒロイン千代さんの愛され度は煕子や帰蝶はまあ兎も角としても麒麟駒ちゃんとは雲電の差があるような気がして、駒ちゃんももう少し描き方が工夫されていればなあと感じてしまいましたね。

それだけに鎌倉殿の13人の三谷先生には、大森先生と同じように仰るような責任感を貫いていって欲しいですね。
Commented by sakanoueno-kumo at 2022-01-03 11:38
> rubyさん

毎年コメントありがとうございます。
偏見と言われるかもしれませんが、わたし、女性脚本家さんの大河作品はあまり評価しておらず、2018年の『西郷どん』の総評でも、そのことについて酷評したのですが、前言を撤回せざるを得ません。
大森さん、素晴らしかったですね。
三谷さんは『真田丸』ご承知のとおり、あのコミカルな演出が大河ドラマらしくなくて好きじゃないという声もありますが、エピソードとかは、実は大森さんにひけを取らないぐらい史実や通説をしっかり勉強されて執筆される方です。
鎌倉時代という史料が少ない時代の物語なのでフィクションは不可欠でしょうが、決して荒唐無稽なものにはならないだろうと期待しています。
その辺は近日中にプロローグを起稿しますね。
本年もよろしくお願いいたします。
Commented by 小村寿太郎東京奉賛会の会員 at 2024-11-27 10:50
渋沢栄一が渡米して大統領と面会できたのは紹介状が有ったからです。本人の著書にもちゃんと記されているのですが、ドラマでは
描かれていません。小村寿太郎が紹介状を書いて、高平小五郎がルーズベルトに口添えをしてくれたからなんです。ですから渋沢栄一が
米国や大統領に一目置かれていたとされる様な放送は正確とは言えません。勝手ながら私としては少しでいいので小村寿太郎の紹介状が
有ったからこそ実現出来た事を出して欲しかったな〜。
Commented by sakanoueno-kumo at 2024-11-27 16:06
> 小村寿太郎東京奉賛会の会員さん

渋沢栄一の著書や自伝はこのドラマを観る前に何冊か読んだんですが、そのあたりは忘れてしまいました。
まあ、重箱の隅をつつくような見方をしたら史実と違う点はあったろうと思いますが、このドラマは、他の大河作品と比べても格段に史実通説に忠実に描かれていたと思いますよ。

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