鎌倉殿の13人 第７話「敵か、あるいは」 ～上総広常の臣従～

　治承4年（1180年）8月29日に安房国に上陸した源頼朝は、以仁王令旨を掲げて同地を納める安西景益らに協力を要請するとともに、下総国、上総国への進出を考えます。特に2万の軍勢を有していた上総国の上総広常の協力は、是が非でも必要でした。そこで頼朝は、下総国の千葉常胤には安達盛長を、そして上総国の上総広常のもとには和田義盛を使者として遣わし、参陣を呼びかけました。ドラマでは、和田義盛とともに北条義時も派遣されていましたが、これはドラマのフィクションでしょうね。この頃の義時は、まだそんな大役を任される立場ではなかったでしょう。

　『吾妻鏡』によると、頼朝からの協力要請を受けた千葉常胤は感涙を流して応諾し、源氏ゆかりの地である鎌倉への入府を提案したといいます。その後、常胤は9月13日に平家方の下総国目代を襲撃して討ち取り、さらに、翌9月14日は平忠盛の娘婿となって下総国内で強大な勢力を誇っていた千田親政を捕縛し、平治の乱で敗死した頼朝の父・源義朝の叔父・源義隆の遺児である源頼隆を伴い、9月17日、一族300騎を率いて頼朝のもとに参上したといいます。

　一方、上総国の上総広常は、頼朝からの参陣要請に対してはっきりした態度を示しませんでした。『吾妻鏡』によると、広常は9月4日に頼朝から召集を受けていましたが、千葉常胤と相談すると回答してこれに応じなかったといいます。しびれを切らした頼朝は、広常の回答を待たずに北上し、9月17日に千葉常胤の待つ下総国に進軍して合流しました。広常が頼朝のもとに馳せ参じたのはその2日後の9月19日。しかし、この日も広常は、頼朝が主君としてふさわしい人物かどうかを見極め、そうでなければ討ち取ってその首を平家に献じるつもりで参陣したといいます。ところが、頼朝はその2万の大軍を見て喜ぶどころか、遅参を厳しく叱責しました。広常はその頼朝の威厳に感服し、臣従を誓ったといいます。坂東武者を統制していこうとする頼朝の政治家としての一面をうかがわせるエピソードですね。

　しかし、歴史家の野口実氏の研究によると、広常は当初から頼朝側だったと説かれています。その根拠として、九条兼実の日記『玉葉』で、千葉常胤もまだ頼朝のもとに参じていなかった9月11日の時点で、広常が大庭景親を攻撃したとする記述があること。また、『源平盛衰記』には、広常は上総国の受領となった伊藤忠清から強い圧迫を受け、対立関係にあったことが記されています。伊藤忠清は平家譜代の家人であり、その政治的背景を考えると、広常が平家方に身を投じる可能性は極めて低いと考えられ、広常が遅参したのは、国内の敵対勢力の討伐に手間取った結果だったのではないかとしています。また、歴史家の呉座勇一もその著書『頼朝と義時』のなかで、広常の去就を待たずに下総国に進軍したことに着目し、もし、広常が平家方についた場合、頼朝軍は背後を襲われることとなり、広常が味方になる見通しが立つ前に下総に向かうのは非現実的だと説かれています。たしかに、安房国から下総国に向かうには、広常の上総国を縦断しなければなりませんが、頼朝軍が上総を通過する際に軍事行動を起こした記録はありません。頼朝は広常が味方であることを知っていたからこそ、安房から上総を経由して下総に向かえたと考える方が自然でしょうね。

　では、遅参した広常を頼朝が叱責し、その威厳に感服した広常が臣従を誓ったというエピソードは史実かどうか・・・というと、頼朝顕彰を目的とした『吾妻鏡』の創作と見たほうがよさそうです。ネタバレになりますが、広常はのちに頼朝によって粛清されます。その伏線として広常の野心を強調したものかもしれませんね。

　上総国へ向けて出立した頼朝の宿場を、平家方の長狭常伴が襲撃するも、辛くも難を逃れたという話は史実です。もっとも、そのとき亀の前とゲス不倫中だったという話は、当然ドラマの創作ですね。このときは、安房に情報網を持つ三浦義澄が襲撃計画を事前につかみ、常伴を迎え撃って撃退たというのが真相だったようです。三浦氏と長狭氏は、かねてから対立関係にあり、その決着が、頼朝襲撃を背景についたことになりました。決して、天に守られていたからではありません。また、常伴が頼朝を襲撃したのは9月3日。頼朝が上総広常に協力要請の使者を送ったのが9月4日ですから、ドラマでの常伴の頼朝襲撃を広常は運試しとして日和見していたという設定も、時系列的に辻褄が合いません。ドラマの話は、史実と創作をミックスした三谷さん流の脚色ですね。

　こうして上総広常の大軍を味方に引き入れた頼朝軍は、一気に房総半島を制圧。大庭景親に対して圧倒的に優位に立つことになります。

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