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鎌倉殿の13人 第18話「壇ノ浦で舞った男」その1 ~屋島の戦い~

 今回は屋島の戦いから壇ノ浦の戦い、そして腰越状による源頼朝、義経兄弟の決裂まで、一気に話が進みましたね。これが頼朝もしくは義経が主人公の物語であれば、数話に渡ってじっくり描くべきところですが、本作の主人公はあくまで北条義時。義時が直接関わっていない話は長々とやらないって意図でしょうね。それでいいと思います。一昨年、主人公の明智光秀が直接関わっていない桶狭間の戦い2話も割いて描いておきながら、本来描くべき光秀の後半の歴史が駆け足になってしまった『麒麟がくる』を思えば、さすがは三谷さん、ペース配分をちゃんと考えてるなぁと感じます。もっとも、ここまで18回、義時が主人公といえる回はまだ一度もないんですけどね。まぁ、義時が歴史の表舞台に出てくるのは実は頼朝の死後、それまではプロローグといったところでしょう。


 一の谷の戦いの戦勝後、義経は後白河法皇より京の治安を守る検非違使に任じられていました。しかし、頼朝配下の御家人たちの恩賞や任官は、あくまで頼朝の推挙によって行われるべきとの建前があり、この義経の無断任官が頼朝の警戒心を刺激するところとなり、兄弟の確執となっていったというのが従来の説でした。ところが、最近の研究では、義経の任官は頼朝も認めるところであり、これが兄弟決裂の原因ではなかったという見方が一般化しつつあるようです。今回のドラマでも、義経の任官に対して頼朝が怒るといった話はなかったですね。


鎌倉殿の13人 第18話「壇ノ浦で舞った男」その1 ~屋島の戦い~_e0158128_20044046.jpg 元暦元年(1184年)829日、朝廷より平家追討官符に任じられた源範頼は、山陽道から九州に軍を進めました。この軍勢が平家追討の本隊で、ここに北条義時も従軍していました。しかし、範頼軍は飢餓に苦しむ西国を進んだため、兵糧不足などにより進軍は停滞。約5か月かけてようやく周防国から豊後国まで制圧しましたが、平知盛が守りを固める彦島を攻められず、膠着状態に陥っていました。この状況を見た鎌倉の頼朝は、義経に第二の遠征軍として平家の本拠地である讃岐国屋島を攻めるよう命じます。これを受けた義経は後白河法皇より京を離れる許可を得て、元暦2年(1185年)216日に京を出発。摂津国渡辺津から阿波国に渡ろうとするも、暴風雨で海が荒れていたためなかなか出航できずに時を過ごします。しかし、しびれを切らした義経は暴風雨のなかの渡海を決意。船頭らは恐れて出航を拒みますが、義経は郎党に命じて弓で船頭を脅し、わずか5の軍船に100ほどの軍勢を率いて出航を強行します。普通なら3日かかる距離を数時間で渡海し、地元の豪族を味方につけ、219日、平家の屋島内裏を奇襲しました。


 襲撃を受けた平家方は千余騎の軍勢が守備していたといいますが、義経の軍勢が少数であることを見抜けず、虚を突かれて敗走します。九条兼実の日記『玉葉』によると、「伝へ聞く、平家讃岐国シハク庄に在り。しかして九郎襲い攻むるの間、合戦に及ばず引退き、安芸厳島に着き了んぬと云々。その時わずかに百艘許りと云々」とあり、平家軍は戦闘らしい戦闘もしないまま、安徳天皇を伴って海路逃走したようです。平家軍は抗戦することもできたでしょうが、安徳天皇の安全を最優先したのかもしれません。


鎌倉殿の13人 第18話「壇ノ浦で舞った男」その1 ~屋島の戦い~_e0158128_18270643.jpg 義経と梶原景時確執の一因として、摂津国渡辺津から阿波国に渡海する際、景時が海戦に慣れない源氏の軍船に逆櫓を付けて操船を容易にしようと提案したのに対し、義経が「初めから逃げ支度をして勝てるものか」と言い返したという逸話が『平家物語』にあります。今回のドラマでも描かれていましたが、本作の景時は義経の軍人としての才を認めており、義経も景時のことを信頼しているという設定で、二人の口論のニュアンスも『平家物語』とは少し違っていましたね。もっとも、『吾妻鏡』『玉葉』の記述では、このころ景時は範頼軍に従軍していたという見方が有力で、『平家物語』のこのエピソードはフィクションの可能性が高いようです。


 あと、有名な那須与一「扇の的」の話も描かれなかったですね。もっとも、この逸話も『平家物語』『源平盛衰記』などの軍記物のみが伝える話であり、その信憑性は定かではありません。ネットでは「那須与一なぜスルー?」なんて言葉が飛び交っているようですが、同様の例でいえば、一の谷の戦いのときの有名な平敦盛の悲話もスルーでした。でもこれは仕方がないでしょう。冒頭でも述べたとおり、そもそも本作は北条義時が主人公の物語であり、源平合戦自体、このドラマにおいてそれほど重要なファクターではありません。ましてや、那須与一平敦盛の話を描くとなると完全に本筋から離れた余談になってしまいます。だいいち、これまで全く登場していない与一が急に出てきて目立ったら、その方が違和感あるでしょう。このスルーは当然だったんじゃないでしょうか?


 ドラマでは一瞬で終わった屋島の戦いだけで長くなっちゃいました。壇ノ浦の戦いはもっと長くなりそうなので、つづきは明日、「その2」にて。



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by sakanoueno-kumo | 2022-05-09 20:10 | 鎌倉殿の13人 | Trackback | Comments(0)  

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